国際活動

WIPO-SCP (Standing Committee on the Law of Patents) 33rd sessionへの参加

 2021年12月6日〜9日、スイス・ジュネーブで開催された世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization: WIPO)の第33回特許法常設委員会(Standing Committee on the Law of Patents: SCP)会合に、医薬・バイオテクノロジー委員会から関口 陽委員長と米田 隆実副委員長がWeb経由で参加しました。
 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症が流行する前までは年2回、世界各国の政府機関(特に知財関係機関)代表者がメンバーとして、認定された政府間機関や非政府組織1)等からの代表者がオブザーバーとして参加して、4-5日間を通して会議が行われておりましたが、昨年からは年1回、Hybrid開催(現地参加とWeb経由参加)の形式で、1日あたり2.5時間のみ、4日間の会議が行われる形に短縮されております。
 2011年以降は、(1)「特許権の例外及び制限」、(2)「技術移転」、(3)「特許の質(異議申立制度を含む)」、(4)「特許アドバイザーと顧客とのコミュニケーションの秘密保持」、(5)「特許と健康」をトピックとして議論や情報交換が進められています。特に医薬・バイオテクノロジー分野の課題としては、「特許と健康」のトピックに関連して途上国側から主張される医薬品アクセス(Access to Medicines)の問題があります。特許が医薬品アクセスの障害となっているという議論です。世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)でも特許と公衆衛生の問題としてTRIPS協定の柔軟性(TRIPS Flexibility)2)が長年議論されてきましたが、近年の新型コロナウイルス感染症の大流行により、一歩進んで知財の放棄(TRIPS Waiver)3)を求める声が上がっており、現在WTOを舞台にその議論が続けられております。
 JIPAは世界最大級の知財ユーザー団体として、これまで日本製薬工業協会4)と共同で医薬品アクセスの問題に対するステートメント(意見表明)を作成し、その主張と共に日本企業の医薬品アクセスに対する取り組みについて説明してきました。今回も特許制度の重要性と日本企業の新型コロナウイルスワクチンやその治療薬に対する取り組みについて意見表明するため、国際製薬団体連合会5)や日本国特許庁と相談の上、会議に参加致しました。
 以下、2日目の後半から3日目にかけて議論された「特許と健康」のトピックについて報告します。このセッションでは、1)WIPO事務局が以前に作成した文書(31/5 「特許及び医薬品や医療技術へのアクセスに関する既存の研究のレビュー」6))に対する前回会議に引き続いての意見表明と、2)医薬品関連特許情報の透明化に寄与する公的に閲覧可能なデータベース情報の共有が主要議題でした。
 まず、メンバーの一般的な意見を表明するgeneral statementで議論が始まりますが、南アフリカを含む南側諸国からは、特許制度が技術革新(Innovation)に資するのは理解するが、 現在は必要なワクチンや医薬が平等に行き渡っていない状況であり、これは特許による障壁(patent barrier)が主な原因であり、この特許が生み出す障壁が、WTOでTRIPS Waiverが提案され継続的に議論されている主な 理由であると理解しているとのコメントがありました。一方Group Bと呼ばれる先進国側の国々は、医薬の開発には特許のインセンティブが重要であり、インセンティブと医薬品アクセスのバランスは慎重に検討すべきで、 特許以外の多くの障害(各国間の貿易上の障壁、規制による制限、各国における医療提供体制の制約等)を取り除く努力や生産拡大のための自発的な協力が重要であること等がコメントされました。一方、 米国の代表者からはいくつかの国が触れているTRIPSの議論はWTOでなされるべきとのコメントや、その他の国々からは、医薬品アクセスの改善が重要だがもっとできることがあるはずなので議論を続けたい等の意見が ありました。オブザーバーである国際製薬団体連合会やJIPAからは先進国側の立場をサポートする意見表明が提出され、JIPAのステートメント7)では、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチン等がこれほどの短期間で 開発に成功したのは、特許制度のインセンティブに基づく、これまでの長年の研究による知識の蓄積と技術革新があったこと、現在この特許に基づく世界的な企業同士のアライアンスにより技術移転を含む新型コロナウイルスワクチンの 生産拡大が進められており、来年の6月までには240億回分のワクチンが生産される予定であること、そしてCOVID-19に関連する日本企業の医薬アクセス向上のための具体的な取り組み事例を紹介しました。
 二つ目の議題である医薬品特許データベースの情報共有については、以前の会議でも取り扱われたPat-Informed8)とMedsPaL9)のアップデート10), 11)がありました。Pat-InformedはWIPOと国際製薬団体連合会と20社の製薬企業が協力して開設した医薬品特許情報データベースであり、開設当初169だった国際一般名(INN12))の数は、現在232となり、開設当初14,000件だった収録 された特許の数は、現在21,492件となり、世界の多くの国からアクセスがあるとのことでした。MedsPaLについてはデーターベースを管理するメディシンズ・ パテント・プール13)から紹介がありました。MedsPaLは低及び中所得国における特許された必須医薬品の特許及び認可状況に関する最も包括的なオープンアクセス/フリーの情報源で、 2019年10月以来COVID-19に対する医薬の情報を含む、5,700件の特許と40の優先医薬、20件のライセンス情報が追加されたそうです。また、2021年には日本政府の財政支援によりCOVID-19ワクチンに関する特許のデータベースであるVaxPaL14) の運用も開始されています。さらにユーラシア特許庁15)からはPharmaceutical Registerの紹介16)がありました。
 今後「特許と健康」のセッションでは、今回の会議中に特に南側諸国から意見のあったWHOの担当者を会議に呼んでC-TAP17)(COVID-19技術アクセス・プール)の話をしてもらうことと、 現在WIPO-WHO-WTOの三機関が協力して行っているCOVID-19関連の特許に関する取り組みも併せて紹介してもらうこととなりました。
 新型コロナウイルスによる世界的な感染症の流行を受け、医薬アクセスの議論がさらに熱を帯びておりますが、将来的にも新たな感染症が流行する可能性は高く、技術革新を必要とする人類のために、今後につながる建設的な対応・取り組みが必要となっています。JIPAはこれからも知財ユーザー団体の貴重な意見を世界に向けて発信していきます。

  1. Accredited intergovernmental and non-governmental organizations (JIPAは発言権を有する認定NGO)
  2. ドーハ宣言(Doha Declaration, https://www.wto.org/english/tratop_e/dda_e/dohaexplained_e.htm#trips)により公衆衛生上の観点で強制実施権や並行輸入などについて締約国の自由度を認めた取り決め
  3. TRIPS Waiver [the proposal led by India and South Africa (IP/C/W/669/Rev.1)]
  4. 製薬協、Japan Pharmaceutical Manufacturers Association (JPMA).
  5. International Federation of Pharmaceutical Manufacturers & Associations (IFPMA)
  6. Review of Existing Research on Patents and Access to Medical Products and Health Technologies
  7. https://www.wipo.int/export/sites/www/scp/en/meetings/session_33/comments_received/statements-jipa-jpma.pdf
  8. Patent Information Initiative for Medicines, https://www.wipo.int/patinformed/
  9. https://www.medspal.org/?page=1
  10. https://www.wipo.int/edocs/mdocs/scp/en/scp_33/scp_33_e_health.pdf
  11. https://www.wipo.int/edocs/mdocs/scp/en/scp_33/scp_33_c_health.pdf
  12. International Nonproprietary Name (INN)
  13. Medicines Patent Pool (MPP), 途上国等におけるエイズ、マラリア等の医薬品へのアクセスを促進するために2010年に設立された公衆衛生機関であり、製薬企業が有する医薬品の特許をプールしてジェネリック企業にライセンスする活動を行っている。https://medicinespatentpool.org/
  14. https://www.vaxpal.org/?page=1
  15. Eurasian Patent Organization, https://www.eapo.org/en/
  16. https://www.wipo.int/edocs/mdocs/scp/en/scp_33/scp_33_d_health.pdf
  17. https://www.who.int/initiatives/covid-19-technology-access-pool

Web link確認日:2021/12/29

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