抄録 |
英国において特許権侵害が論じられるときに、Pith and Marrow という言葉がしばしば現れる。心髄と邦訳される。特許制度にも心髄があり、それは、発明の本質と特許権の本質の二つであると思う。わが国の特許法の歴史のなかで、現行法で初めて、第2条に発明の定義が置かれた。同じ類型の発明の定義を置いている特許法は極めて稀であると思う。特許対象の発明は、その拡大を有利とする米国を起点として、近年拡大されてきており国際的に整合性に欠けるが、本稿では発明の本質は採り上げない。本稿では特許権の本質を論じたい。特許権の本質は従来余り論じられていなかったが、最近、阪南大学経済学部教授の野一色勲氏の詳細な論文が掲載された書籍が刊行された。同氏は日本特許法の特許権は専用権であるが、本来のあるべき権利の本質は排他権であるとされている。筆者は本来の姿が専用権であっても、パリ条約やWTO条約に違反することはないという意見である。筆者の意見が野一色氏のそれと異なるのは、これも現行法で初めて設けられた特許法第1条の、特許法の目的を、筆者が重視するところから生じると考えている。米国の特許権は消極的権利たる排他権であることは、よく知られているところであるが、日本で講演した米国特許弁護士ウエグナー氏のコメントも紹介する。特許権の本質如何は産業にとって大きな問題であるので、産業的立場から本稿を纏めた。 |