専門委員会成果物

自明性の認定において,先行文献の発明の特徴部分における変更を要する場合,当該変更を行うに至る動機付けについて実質的な証拠が必要であると判断された事例

CAFC判決 2021年7月22日
Chemours Company FC, LLC v. X社

[経緯]

 X社は,Chemours Company FC, LLC(C社)が保有する特許(C社特許)に対し,先行文献に基づき自明であるとしてIPRを申し立てた。
 PTABは,X社の主張を認め,当該特許は無効であるとの決定を下したが,C社は,PTABの判断を不服としてCAFCに控訴した。
 C社特許は,高速での押出成形を可能とするポリマーに関するものであり,ポリマーのメルトフローレートを30±3g/10分とすることを特徴としている。
 先行文献は,C社の特許と同様に,高速での押出成形を可能とするポリマーに関するものであるが,メルトフローレートの値ではなく,ポリマーの分子量分布を狭い範囲に維持することを特徴としている。先行文献は,メルトフローレートの値については,15g/10分以上とすることをクレームしており,実施例にはメルトフローレートをC社特許のメルトフローレートの下限(27g/10分)により近い24g/10分とするサンプル例が記載されていた。
 メルトフローレートの値を増加させると,分子量分布の範囲は広くなる。そのため,先行文献に記載されるメルトフローレートをC社特許の値にまで増加させるには,ポリマーの分子量分布を広げる必要があり,これは先行文献の特徴である「狭い分子量分布範囲の維持」に反するものである。しかし,PTABは,ポリマーのメルトフローレートを増加させることによって高速での押出成形を可能とすることを示す別の参考文献を引用し,当業者であれば,より高速での押出成形を行うことを目的として先行文献に記載されるメルトフローレートをC社特許に記載される値に増加させる動機を有すると判断した。  

[CAFCの判断]

 CAFCは,自明性の判断に至る事実認定について,実質的な証拠があるか否かを審査するとし(Wasica Fin. GmbH v. Cont’l Auto. Sys., Inc., 853 F.3d 1272(Fed. Cir. 2017)),PTABの自明性に関する決定は,実質的な証拠による裏付けがないとして当該決定を棄却した。
 CAFCは,PTABは,発明当時の技術水準を知るために他の先行技術に依拠することができるが,当該先行技術の範囲は,「発明者が解決しようとする課題に合理的に関連しているもの」であるとした。その上で,先行文献の発明の特徴部分である「狭い分子量分布範囲の維持」は,メルトフローレートを増加させることの阻害要因であるにもかかわらず,PTABは,先行文献の課題に関連のない別の参考文献に依拠し自明性を認定しており,この認定は不適切であるとした。
 さらに,先行文献のメルトフローレートをC社特許の値に増加させることは,分子量分布を広げることで先行文献の発明の特徴部分における変更を要するにもかかわらず,PTABは,なぜ当業者が動機付けられるかについて十分に検討しておらず,実質的な証拠に基づいた説明ができていないと判示した。

(安藤 美久)

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