外国特許ニュース

〈インド〉強制実施権付与申請の拒絶(糖尿病治療薬 SAXAGLIPTIN)

〔概要〕
 2型糖尿病治療薬(DPP-4阻害薬)であるSAXAGLIPTIN(以下,本医薬)のインド特許第206543号(特許権者AstraZeneca社)について,Lee Pharma社が特許庁長官に強制実施権付与を 求めたところ,インド特許法第84条の条件を満たさないとして,強制実施権の申請が拒絶された事件(決定日:2016年1月19日)。Lee Pharma社は,この決定を不服として知的財産審判委員会IPAB)に控訴する構え。

〔事件の内容〕
 インド特許法第84条には,強制実施の申請理由として,(a)特許発明に関する公衆の適切な需要が充足されていないこと,(b)特許発明が手頃な価格で公衆に利用可能でないこと,(c)特許発明がインド領域内で実施されていないこと,が挙げられている。いずれか一つに該当すれば,特許発明について強制実施権が許諾されるが,今回の事件では,申立人の提出する証拠からは(a)〜(c)のいずれも証明が不十分であると判断され,強制実施権の申請は拒絶された。

 (a)公衆の需要の充足
 申立人はインド国内での2型糖尿病患者数は約6,010万人であり,そのうちの100万人が本医薬を処方したとしても,3億6,500万錠になる。一方で,特許権者が1年間に輸入した本医薬の総数は約82万錠であり,インド市場では本医薬が99%以上不足した状態であったと主張した。
 これに対し,特許庁は,本医薬にはインド国内で入手可能な3種類のDPP-4阻害薬(LINAGLIPTIN,SITAGLITIN,VILDA GLIPTIN,以下代替薬)があり,本医薬について,公衆の満足いく程度の需要が満たされていないことを検討するためには,本医薬と代用薬の需要を比較した信頼性の高いデータ/統計を示す等して,インドにおける需要を立証しなければ ならない。本医薬を必要とする患者数として申請人が提示した100万人という値は,申請人の推定に過ぎず,公衆の合理的な需要が満たされていないことを証明する根拠にはなりえないと判断した。

 (b)手頃な価格で利用可能であったか
 本医薬以外のDPP-4阻害薬が,本医薬と同価格帯で販売されており,これらの代替薬が大多数の患者に利用されている状況を鑑み,本医薬の価格が過度に高額であるとした申立人の主張は認められなかった。

 (c)インド領域内での実施
 特許権者がインド領域内で本医薬の製造を行わず輸入販売を行っている点について,インド領域内での実施に値するかが争われた。今回の事件では,インド領域内での実施を証明するためには,インド国内での製造が前提条件ではなく,製造が必要であったか否かを判断する必要がある。申立人は,前述(a)の通り,インド国内における本医薬の需要を明確にすることができておらず,それではインドでの製造が必要であったか否かを判断することは難しい,と判断された。

〔考察〕
 今回の事件は2012年3月に強制実施権が許諾されたバイエル社のソラフェニブ(肝細胞がん・腎細胞がんに対する苦痛緩和薬)とは対照的な判断となった(ソラフェニブにおいては,(a)〜(c)の全ての要件について理由があり,強制実施権が認められている)。ソラフェニブと異なり,本医薬には,インド国内に同価格帯で入手可能な代替薬があったことが,影響していると思われる。

(参考ウェブサイト)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/in/ip/pdf/Lee-prima-facie-notice_jp20160119_201603.pdf

(参照日:2016年4月27日)

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