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会務報告&部会報告
関西化学部会（第4回）
| 時 | 2020年2月14日 13:30 〜 17:00 |
|---|---|
| 所 | ダイキン工業堺製作所臨海工場 |
| 人 | 中村業種担当役員、二木、富岡、尾辻各幹事 44社 52名 |
議 事
１．工場及びショールーム見学
生産本部飯田様より工場の概要説明及びビデオ放映があった。堺製作所は臨海工場及び金岡工場で構成されている。臨海工場は 業務用エアコン室外機の生産拠点として最新の設備を備えている。PDS (Production of Daikin System)の考え方に基づき、マスカスタマイズ生産を行なっており、同一の生産ラインで種類の異なる製品を市場ニーズの割合に合わせた混合比率で生産し、万が一ラインが停止しても在庫の偏りが生じず、顧客の注文どおりの製品を滞りなく納入できるシステムを整えている。また、「生産状況の見える化」を図るため、工場内に「IoTプロジェクトセンター」を設置し、各工程の生産状況の情報を集約し、 テクノロジー・イノベーションセンター（TIC）と連携しIoTを最大限活用し、生産状況のリアルタイムでの把握を行なっている。 さらに、生産設備のモジュール化を進めており、海外生産拠点に対するマザー工場としての役割も果たしている。
工場概要の説明後２班に分かれ、ショールーム(約20分)及び第一工場（約40分）の見学を行なった。
【ショールーム】
工場用に開発されたマルチキューブエアコンを用いたタスク＆アンビエント空調（作業領域と周辺領域を別々に空調）や、冷却／加熱と吸湿／放湿を行うハイブリッドデシカ素子を用いた水配管レス調湿外気処理機（DESICA）等空調技術の様々な展示及び説明があり、見学者に「工場丸ごとショールーム」であることを感じさせる内容であった。
【１号工場】
２号工場で製造したコンプレッサーを搭載する工程から始まり室外機が組み立てられていく過程を、つぶさに見学することができた。また、「IoTプロジェクトセンター」の稼働状況の表示まで見ることができた。生産ライン各所にカメラが設置されており、作業者に無駄な動きがないかどうか「IoTプロジェクトセンター」で随時データ収集し、生産効率向上につなげているとのことである。
また、生産ラインの作業者個別に送風するタスク空調及びその周辺で作業者が移動する領域を広く空調するアンビエント空調を 実際に体感することができ、工場内は効率よく温度管理がされていると感じられた。
２．会務報告
中村業種担当役員が、本年度関西化学部会の構成及び活動実績について報告を行った。３．講演
| 演題 | 『ダイキン工業におけるグローバル知財強化の取組み』 |
|---|---|
| 講師 | 法務・コンプライアンス・知財センター知的財産グループ長 部長 松本 宗久 氏 （JIPA常務理事） |
講演概要
（１） はじめに
演題では「知財強化」という言葉を使い、「知財戦略」という言葉は使っていない。「知財戦略」は便利な 言葉だが、会社の知財戦略、事業単位の知財戦略、商品単位の知財戦略等、人や場面によってイメージするものが 異なり、議論が噛み合わないことが多いので、使わないようにしている。（２）ダイキン工業の紹介
1924年(大正13年)「大阪金属工業所」として大阪市で創業開始。1963年(昭和38年)「ダイキン工業株式会社」に社名変更している。売上高2兆4,811億円、営業利益2,763 億円(2018年度)であり、売上高構成は空調・冷凍事業 90%、フッ素等の化学事業 8% その他2％、である。国内空調シェアでは、業務用は首位で 41.7%、家庭用は2位で 17.5% である（ダイキン調べ）。2003〜2004年はパナソニックを抜いて家庭用エアコン首位だったこともある。 「うるるとさらら」という、屋外の水分を取り入れ室内を加湿する無給水加湿機能の導入により、トップ争いが できるようになり、2005年以降も家庭用エアコンで2位をキープし続けている。2020年度は、売上高2兆9,000億円 営業利益率12% を目指しており、2015年に淀川製作所に併設された「テクノロジー・イノベーションセンター」 (TIC)を核として、社内外との協創を強化し、競争力の源泉である「技術」を重視し、事業拡大を牽引する差別化商品の創出に努めている。売上高は、2000年初頭までは5,000億円前後であったが、リーマンショック後を除くと右肩上がりであり、2015 年度には2兆円を突破した。2018年度の海外売上高比率は76％である。
（３）知的財産部門の組織体制及び活動
法務・コンプライアンス・知財センターが知財の全社統括部門であり、知的財産グループは現在42名が所属し、 開発部門に知財担当が12名所属(工数で換算)している。日本出願件数は現在年間約800件前後、海外出願ファミリー の件数は約400件前後であるが、海外拠点の増加に伴い第一国出願を海外にする件数が増加傾向にある。空調以外にも、化学（フッ素化学等）や研究所からも満遍なく出願している。海外出願は、中国、欧州、米国、豪州及び韓国を主要国と位置付けているが、BRICs諸国にも出願しており、特に、エアコンのシェア首位のインドでは積極的に出願している。また、インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシア及びシンガポール等東南アジア諸国にも積極的に出願している。
戦略経営計画 FUSION20 に対する知的財産部門の取組としては、�｜虜眥敢此κ�析機能の強化 ��特許網の形成と参入障壁の構築 ��侵害回避の徹底 �ぅ咼献優垢悗涼虜盂萢� �コこ鯵�発拠点の知財機能自立化 ��商品ブランドの価値向上 �С�発者の知財スキル向上 という７つの基軸を中心に、事業戦略を的確に捉え、グループトータルの「知財力」を高めて、事業利益の最大化に貢献することを目指している。
（４）有効特許の取得
当社の特許強化のスタンスは開発が主体であり、特許活動は開発行為そのものという認識で、知財部門は技術陣と一体となり事業に役立つ「有効特許」の取得を能動的にサポートしている。良い発明をするのは開発で、良いクレームを作成するのが知財である。当社は特許の質を重視しており、以下の３種類に分類している。「差別化有効特許」当社の商品・技術戦略において重要な分野であって、他社へのインパクトが大きく、商品 競争力の確保に大きく寄与する特許（開発者が重要性を理解しており、積極的に出願の相談をするもの）
「必然有効特許」他社も使わざるを得ない回避しにくい特許（開発者には当たり前で気付きにくく、発明の発掘が必要なもの）
「周辺有効特許」差別化有効特許や必然有効特許の周辺技術・回避技術であって、参入障壁構築のために必要な 特許（自社が採用しない技術であっても、他社に侵害回避をさせないようブロックするもの）
特許の質を重視する上で、出願件数を増やすこと自体や、権利範囲を狭くして特許の取得件数を増やすこと自体には意味がないと考えている。他社が興味を持つ領域への参入障壁を構築できてこそ、将来の事業利益へ貢献できる。
他社に先行されている場合でも、先行他社の必須特許群に穴があれば、必須特許を取得してビジネスに食い込む、 市場ニーズの動向を先取りして先行他社の改良特許を押さえ、ビジネスに食い込む、規制変更等によるゲームチェンジ先に予め「有効特許」を取得しておき、省エネ規制のロビー活動等を仕掛け、ビジネスを優位化する等の戦略を立案し、有効特許取得を実行している。
（５）特許事務所と企業・知的財産部門との役割分担
当社の知財部門は現在42名であるが、1990年代終わり頃から2000年代の終わり頃まで20名程度しかいない中、 世の中では「経営に資する知財」という言葉がもてはやされ、少ない人数でいかに効率よく出願するかが喫緊の課題となった。
まず始めたのが、特許事務所の専門性の徹底活用である。企業から弁理士に期待すべきは、プロとしての専門性であるはずが、例えば、出願打ち合わせで、発明を理解するための質問しかしない、「実施例を増やす提案」や「発明のバリエーションを増やすような提案」をすると嫌な顔をする、ＯＡ対応で安易な減縮を勧める、そして、常に指示待ちの受け身の姿勢が目立っていた。また、侵害疑義品を分解して調べても侵害かどうかが分
からないようなクレーム、不要な構成要件や修飾語を含むため、肝心の対象が抜け落ちているクレームを作成 してくる特許事務所。これでは、プロである特許事務所の能力を発揮してもらえていないし、手数料に見合う
仕事をしてもらえていないと当時、考えた。もっとも特許事務所の方にも、どこまで知財部員の仕事に踏み込んでいいのかが分からない遠慮もあり、プロとしての能力を発揮してもらいやすいように、発明者、知財部員、特許事務所の関係を、知財部員中心から特許事務所中心に役割分担の明確化を行なった。特許事務所に発明発掘の初期段階（パテントレビュー） から参画してもらい、必要な場合は、出願打ち合わせとは別に「技術説明会」を開催するようにした。また、権利を使う（他社を引っかける）という意識を強く持ってもらうため、特許事務所に空調に関する勉強会を実施し、他社製品の分解作業（自社特許の検証）に参画させて、クレーム作成に役立ててもらうようにした。 また、成果主義併用の料金体系（ハイレベル検討加算、優秀原稿加算、能動的活動加算）を導入した。この業務改革により、特許事務所が直接開発者にヒアリングするようになり、そもそも、特許事務所が能動的に動かないと案件が進まない体制になった。特許事務所に業務をシフトした分、知財部の限られた工数をより重要な「経営に資する知財活動」へと回すことができるようになった。
（６）報奨制度とリンクさせた有効特許増強
「有効特許」増強のため、当社は様々なインセンティブ施策を採用している。まず、「有効特許早期報奨」 制度では、過去１年間の全特許出願を評価し有効特許を選出している。出願時の報奨については、結果的に拒絶査定や商品採用にならないケースもあるが、制度創設時、経営陣より、実績補償では報奨を与える時期が遅すぎる点を改善せよとの指摘があり、出願時の報奨を手厚くするようにした。特に優れた特許には「冠賞」 （超差別化特許賞、コストダウン特許賞、エネルギーソリューション特許賞）が授与される。また、有効特許 早期報奨の上位案件には、パテントオプション権という翌年の出願補償金が５倍になる制度もあり、継続した 発明創出を促している。そして、毎年4月に有効特許表彰式を開催し、社長から直接代表発明者に対して、報奨を授与している。（７）海外の強化とクリアランス確保の強化
外国出願強化のきっかけとなった中国での模倣事件について紹介する。1999年に中国の大手家電メーカーが、 当社の業務用エアコンをデッドコピーした。当時は「空調の制御特許」を中心に外国出願を進めており、数少ない構造特許も中国では審査遅延のため未登録の状態であり、意匠も未出願であったため、権利行使を断念した。 当時の海外出願比率は5〜6%であり、この中国企業の採用技術には、中国には出願していない日本出願の技術が含まれていることが分かった。これを教訓に、次のモデルでは侵害回避が容易と思われる構造についても中国で 実用新案を約30件出願したところ、この中国企業は、次のモデルでは、全く違う業務用エアコンを市場に出して きた。現在、海外で開発機能を有する生産拠点が増加しており、これらの拠点の知財機能の自立化を目指している。 前に説明した戦略経営計画 FUSION20の取組みの中で、出願、クリアランス、活用などの知財業務それぞれの現状と５年後の目指す姿を海外開発拠点に考えさせ、その実現を本社知財部隊がサポートするやり方で自立化を進めている。
国内外での有効特許の取得も重要であるが、売上やシェアが高い当社にあっては、他社特許を侵害しないことが 最も重要であり、「特許コンプライアンスジャッジ」によるゲート管理の徹底を行っている。生産許可を出すまでのプロセスとして、技術陣及び知財の共同作業（年間延べ300回）による、グローバルでの問題特許抽出、侵害鑑定、設計回避、特許無効化もしくはライセンスの判断、そしてリスク回避確認が「特許コンプライアンス ジャッジ」で承認され、初めて、生産許可が出る体制を整えている。
（８）オープン・クローズ戦略の実践
オープン・クローズ戦略の事例として２点紹介する。- 中国格力電器との協業 (2009年)
当社はインバーター搭載の省エネエアコンで世界市場シェア20%、一方、格力電器は、ノン・インバーターの 低価格エアコンで世界市場シェア30% であった。当社は、インバーター機の普及をグローバル、特に中国で 推進したかったため、格力電器と協業することで、格力電器の販売力を活用し、インバーターの認知度を高めた。 それにより、中国市場でのインバーター化を加速し(7%→76%)、省エネによる環境保護の実現と、中国市場を 価格勝負から当社の得意な高価格帯の性能勝負に誘導することに成功した。 - 新冷媒「Ｒ３２空調機」を世界に広げる知財戦略
これまで使われてきたオゾン層を破壊しない冷媒R410Aは不燃性であったが、温暖化係数が高かった。 当社がエアコンへの採用を検討していた冷媒Ｒ３２はオゾン層を破壊せず、温暖化係数も低いが、微燃性で あり、ＩＳＯ等の規格では水素やプロパンと同等に扱われ、エアコンへの使用が難しかった。しかし、自社で検証した結果、微燃性冷媒の火災リスクは極めて小さいことが分かったこと、また、冷媒「Ｒ３２」が 他の冷媒と比較して最もバランスの取れた冷媒であるとの結論に至り、国際規格における新カテゴリー設立と 適正な取り扱い要求事項の確立により、グローバルで安全な普及を目指すことにした。具体的には、今までの規格は、「高可燃」「可燃」「不燃」の３カテゴリーしかなく、微燃性冷媒は「可燃」と同等の安全性を 満たさなければならないため、商品サイズやコストの制約のため商品化できなかった。そこで分類に「微燃」の カテゴリーを加え、微燃性冷媒に見合う安全性を実現すればよい状況にするため、当社の地球環境センターを 中心に様々なロビー活動を行なった。その結果、2014年にＩＳＯ規格の変更が承認され、当社の国際標準作りは 成功した。
このロビー活動を知財部としても、特許の開放により支援した。当社は、2000年頃から冷媒「Ｒ３２」を 用いた空調機に関する特許をグローバルで数多く取得しており、2011年9月から、製品設計における必要性が 比較的高い特許93件を無償開放し、「Ｒ３２」のオープン化戦略を採ることにした。当社との契約は必要なものの、新興国では無償の権利不行使、先進国では、同数の特許の相互権利不行使（無償）とした。2015年 9月以降は、基本特許の無償開放の範囲を先進国にまで拡大した。この際、特許を無償開放することで競争力を 失わないか検討を行ない、R32冷媒と無関係な省エネ、静音化、小型化、メンテナンス性向上の特許などを クローズにすれば競争力を維持できると判断した。
2019年7月からは、Ｒ３２単体冷媒を用いた空調機の製造や販売等に関する対象特許をリストアップすると共に、権利不行使の誓約を宣言し、当社ウェブサイト上で公開した。契約締結を不要としたのは、契約締結作業に 時間を取られるからであった。
このように、当社がＲ３２単体冷媒の仲間作りを行なってきた結果、今では日本ではほとんどのメーカーが 冷媒「Ｒ３２」を使用している。そして、当社のＲ３２エアコンの累計販売台数は、世界60カ国以上で1,700万 台以上、他社を含めると6,800万台以上に拡大、地球環境保護に貢献している。(2018年12月現在)
【質疑応答】
Q1. 特許事務所との役割を見直した結果、手数料は増加したのか？
A1. 手数料は増加していないし、料金体系自体も変えていない。企業と弁理士の関係、つまりユーザーと プロの関係としてあるべき役割分担に正したというスタンスで各事務所の所長に説明し、納得していただいた。 もっとも、能動的な仕事をしてくれた特許事務所には、手数料を加算することで報いている。
Q2. 御社知財部から海外への出向者はいるのか？
A2. 調査目的で米国サンノゼに１名出向させているが、出願部隊は出張ベースで対応している。
Q3. 開発拠点の自立について、親子会社の権利の帰属の観点から説明して欲しい。
A3. 移転価格税制の問題もあり、子会社の自主開発の成果を親会社に帰属させるわけにはいかない。 これまでは、親会社と子会社とに権利が分散している状態であるが、グローバルで使用する技術は開発費用を 負担して親会社に帰属させるようにしていきたいと考えている。
A1. 手数料は増加していないし、料金体系自体も変えていない。企業と弁理士の関係、つまりユーザーと プロの関係としてあるべき役割分担に正したというスタンスで各事務所の所長に説明し、納得していただいた。 もっとも、能動的な仕事をしてくれた特許事務所には、手数料を加算することで報いている。
Q2. 御社知財部から海外への出向者はいるのか？
A2. 調査目的で米国サンノゼに１名出向させているが、出願部隊は出張ベースで対応している。
Q3. 開発拠点の自立について、親子会社の権利の帰属の観点から説明して欲しい。
A3. 移転価格税制の問題もあり、子会社の自主開発の成果を親会社に帰属させるわけにはいかない。 これまでは、親会社と子会社とに権利が分散している状態であるが、グローバルで使用する技術は開発費用を 負担して親会社に帰属させるようにしていきたいと考えている。
４．懇親会
工場見学・講演会の終了後には、会員間の意見交換、及び親睦を目的とした懇親会を開催した。講師の松本氏及びダイキン工業の知財部員３名も参加され、活発な意見交換がされた。また、次期幹事の紹介及び挨拶が行われた。以上
関西化学部会（第3回）
| 時 | 2019年11月8日(金) 13:00 〜 16:30 |
|---|---|
| 所 | 呉竹文化センター、月桂冠大倉記念館 |
| 人 | 中村業種担当役員、富岡、二木、尾辻各幹事 36社 46名 |
議 事
１．会務報告
中村業種担当役員が、本年度関西化学部会の構成・年間活動方針・活動計画について、報告を行った。２．講演
| 演題 | 『特許行政の最近の動向と特許異議申立制度の状況』 |
|---|---|
| 講師 | 東京理科大学大学院教授・弁理士 淺見 節子 氏 |
講演概要
- 東京理科大学大学院の紹介
東京理科大学専門職大学院の社会人向けコースの紹介があった。平日夜及び土曜日に開講され、研究、開発企画等技術系の学生が多数であり、発明者の経験のある人も多いとのことである。特許庁での審査業務の経験を基に、主に特許を教えている。 - 最近の審査・審判の状況
2013年から2018年までの日本特許庁の処分実績の傾向は、特許査定件数も減少しているが、拒絶査定件数がほぼ半減しており、特許査定率が高くなっている。 (2013年 69.8% →2018年75.3%)
10年前は50%程度であったことを考えると、かなり高くなっていると言える。かつては審査が遅く、拒絶理由が通知された時点では権利を取得する必要がなくなり、応答しないものも多かったが、最近は審査が早くなっており、応答しないものが減っていることも一因かもしれない。
五大特許庁との比較でみても、日本特許庁の特許査定率は70%超(2017年)であり、他国に比べて高い傾向にある。審査が甘くなっているのではという意見もあるが、特許庁はユーザーアンケートの結果から、審査の質は向上しているとしている。
昔は審査が遅く、特に、化学、医薬の分野では他国の庁の結果を見て判断することも行なわれていた。 他庁が提示した先行技術も検討していたので、他庁に比べて拒絶になりやすかった。近年は審査が早く行われるため、他庁の結果を見ることができないことも、審査が甘くなっているといわれる原因かも しれない。なお、日本特許庁で特許査定となり外国で拒絶査定となった事例について出願人は表に出したがらないので、なかなか把握しにくい。
拒絶査定不服審判の件数も減少傾向にあるが、拒絶査定そのものが減少していることがその理由である。 また、裁判所が進歩性の判断において「動機付け」を求める傾向にあり、拒絶審決を取り消されるのは 避けたいので、特許庁の審判部は裁判所の判断に従う傾向があり、それも全体の特許率を高める一因であると思われる。さらに、特許庁では特許調査は外注しており、クレーム補正後の調査がきちんとされているのかという点も懸念される。これらの要因が複合していると理解すべきである。
無効審判関連件数自体も全体的に減少しており、2016年の請求件数は150件弱と、異議申立制度の復活の 影響もあり、極めて少ない。さらに請求成立より請求不成立の件数の方が多く、ユーザーが無効審判を 請求しなくなる懸念がある。無効審判の審決取消訴訟関連の件数も、訴訟提起の件数は多い(2018年 約80件)ものの、無効不成立の請求棄却の件数が多く、無効審判を請求しなくなる一因となっていると考えられる。 - 特許法改正について
特許制度に関する審議会の委員として活動しているので、特許法改正の情報をお伝えする。- �� 査証制度の創設
製造方法の特許などでは侵害を発見するのは非常に難しいため、特許権の侵害の可能性がある場合、 中立な技術専門家が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行ない、裁判所に報告書を提出する制度である。ドイツの制度に似ているが、ドイツでは提訴前に利用できるものの、日本では提訴後しか利用できない。また、ペナルティとして、日本では真実擬制、ドイツでは刑罰という違いがある。但し、「査証」の要件は厳しく、「必要性」「侵害の蓋然性」「補充性」及び「相当性」の四要件をクリアしなければならない。例えば、「相当性」に関しては、ラインを 何日も止めなければならないといった事情が考慮される。報告書にも記載されているように伝家の宝刀であり、この制度があることによって証拠提出を促すというものである。
秘密保護に関しては、裁判所のインカメラ審理であり、中立技術専門家の報告書の申立本人等への開示は相手方の同意が必要とされている。また、「秘密情報の黒塗り」の制度も設けられており、中立技術専門家の報告書の内容の一部を黒塗りにすることを裁判所に申し立てることができる。 - �� 損害賠償額算定方法の見直し
改正前の特許法102条1項、2項及び3項は、どれか一つを選択することしかできなかったが、今回の改正により、侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について、侵害者にライセンスしたとみなして、損害賠償を請求することができるようになった。 また、平成10年改正で、特許法102条3項の「通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」から「通常」の文言が削除されたが、改正後も、侵害と認定されたらライセンス料を支払えばいいという侵害者が後を 絶たず、今回の改正へと至った。今回の改正で、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できるよう条文に定められた。国際的にも、日本の損害賠償額は低いと言われてきており、今回の改正で国際水準に近づいていくのではと思われる。
次に、令和元年９月に開催された特許制度小委員会の資料「知財紛争処理システムの見直しについて」 を紹介する。
まず、ドイツの二段階訴訟制度と同様の制度の導入が検討されている。現行制度では、特許権侵害訴訟の審理において、裁判官は侵害の心証開示しかできないが、新しい制度では、侵害認定訴訟でまず侵害の判決が出されてから、当事者間で和解交渉を行ない、和解交渉が決裂した場合には、改めて損害額支払訴訟を提起するという制度になる。特許権者が、通常訴訟か新制度の訴訟かを選択できる制度になると思われる。
また、損害賠償額算定方法についても、今回の改正以上に増額することが検討されており、逸失利益、侵害者利益とも、侵害品の販売数量全数を対象に賠償額を計算することが検討されている。 さらに、米国のアミカス・ブリーフ制度と同様の制度導入も検討されているが、日本では実際の取り組みとして、アップル vs サムソン事件（知財高判平成26年5月16日・平成25年(ネ)第10043号）が記憶に新しい。
また、Attorney’s Eyes Only と同様の制度の導入も検討されており、訴訟手続において、営業秘密を含む機密性の高い情報については、開示先を代理人のみに限定し、当事者には開示しない仕組みとなる。 証拠は出しやすくなるものの、当事者と代理人間のコミュニケーションは難しくなるかもしれない。なお、弁護士費用の敗訴者負担制度の導入も検討されているが、反対意見も多く、導入は難しいと思われる。
- �� 査証制度の創設
- 特許異議申立制度の状況
まず、特許異議申立制度の変遷について説明する。1994年(平成6年)に特許付与前異議申立制度が特許付与後の制度に変更された。特許付与前の制度では、１特許に20件以上の申立がされるケースもあり、特許権の成立が遅れる等の問題が発生していた。（特許付与前の制度では、同一の審査官が審査していたが、特許付与後の制度では審判部による審理に変更された。）2003年には、異議申立と無効審判が同時係属する負担、最終的な解決の長期化等といった理由から、異議申立制度が廃止され無効審判に一本化された。2011年には、無効審判における審決の予告制度が導入され、無効の審決をする場合には特許権者に事前に予告することにより、訂正の機会を確保すると共に審決取消訴訟後の訂正審判の請求が禁止された。
2015年に現行の特許異議申立制度が開始した理由はいろいろあるが、無効審判による特許付与の見直し機能の限界及び特許の質への懸念がある。無効審判請求の件数は平均して200〜300件／年であり、特許査定件数と比較すると極めて少ない。無効審判は原則口頭審理であり、日本の産業界では顔を合わせてはやりにくいといった事情があるのかもしれない。
また、昨今のグローバルな権利取得の観点では、日本の審査で権利化された特許が外国で拒絶されてしまうというケースも発生している。外国で拒絶になったり、時間が経ってから無効になったりする前に日本で無効であることが分かった方が、ビジネスに影響が少ないといった事情もある。
さらに、日本特許庁の審査官が、中国語や韓国語の先行文献を読み解くことが難しく外部の知見が必要とされている他、情報提供制度の機能の低下も問題になっている。早期審査では公開される前に特許になることも多く、情報提供制度が使えない。さらに、侵害訴訟に備えた特許無効化資料の抱え込みも多くあった。審査官へのフィードバック機能の欠如の問題もあり、審査官は異議申立をされれば資料を見るので、異議申立制度が審査の質の向上へとつながっているといえる。
異議申立件数は2016年〜2018年は概ね1,000件前後で推移している。旧異議申立制度が3,500件前後であったことを考えると、あまり活用されているとはいえない。訂正無しでの維持決定が依然として多く、取消になる件数は少ない。IPCのセクションでは、化学・冶金及び生活必需品での申立件数が多いが、維持決定（訂正有含む）されるものが多い。また、2003年の異議申立では、3,055件のうち37%が取消となったが、2015年4月以降は11%が取消となっており、取消率はかなり低下している。
異議理由については、記載要件違反を理由とする取消は多いものの、進歩性のみを理由にしても なかなか取り消せない傾向にある。異議申立の理由は可能な限り全て記載した方が良い（新規性＋進歩性＋記載要件）。また、訂正無での維持決定がされる場合には、進歩性に関しては取消理由が通知されないことが多く、これは、「動機付け」を重視する最近の実務の傾向を反映しているので はないかと思われる。なお、特許庁の取消決定の取消を求めて裁判所に決定取消訴訟が提起されることがあるが、2018年の決定取消は8件であり、出訴件数を考慮すると多いと言える。
欧米の異議申立制度との比較では、日本だけが査定系であり、欧州（異議申立）、米国（付与後レビュー/当事者系レビュー）は当事者系の制度である。欧州の異議申立制度では、審判において異議決定と異なる判断が出されるケースが多く、米国では80%近くが特許性を否定され取消となる。
最後に、日本の特許異議申立制度の特徴として、全般的に特許権者に有利であると言える。特許権者への示唆としては、異議申立がされても取消理由が通知されないものが全体の30%程度あるので、取消理由が通知された場合にも、意見書による反論が有効な場合もあるから積極的に反論した方がよい。また、訂正についても、取消決定の前に決定の予告があるので、訂正を行なう機会は最初の取消理由の通知時と合わせて２回ある。これらの機会を利用して適切に特許請求の範囲を減縮することが重要である。また、訂正の際に審判合議体との面接や電話応対を利用すれば、審判合議体の意向を事前に知ることができ、より適切な訂正をすることが可能である。
異議申立人への示唆としては、異議申立制度は、特許請求の範囲を減縮させるには有効な制度 である。意見書提出の機会に、特許請求の範囲の減縮を予測して追加文献を準備し、さらに、拒絶理由で既に提示された文献も精査し、本件発明の技術分野の特許文献を十分にサーチして、新規性や進歩性を否定する先行技術文献を提示するのも効果的である。また、記載要件違反の異議理由を組み合わせると異議申立が認められやすいといえる。
詳細は、淺見節子著「特許異議申立制度の運用の現状と効果的な活用」特許研究2019年9月号6-18頁を参照してほしい。
【質疑応答】
Q１．異議申立の旧制度と新制度では結果が異なっていることは分かったが、現行制度ではなぜ件数が少ないのか？A１． 結果が異なるのは、まず、特許庁と裁判所の傾向として、動機付けを重視し、進歩性をなかなか否定しない点が ある。特許権者は、面接や電話応対により、審判合議体の感触を得た上でクレームの訂正案を調整することができる。従って、なかなか取消まで至らない。このような状況から申立件数が減ってきているのではないか。
新制度での異議申立の件数が少ないのは、旧制度に携わっていた人の数が減少していることも考えられる。 旧制度の頃には、ライバル企業の特許を監視する部隊を置く企業もあったようである。
Q２． 特許庁に訂正を出して何のレスポンスもないが、どうしたらいいか？
A２． 早めに面接をしてはどうか。取消の方向であれば予告があるはずである。面接であれば訂正案の内容は通常は記録に残らない。電話応対では、記録が残るので注意してほしい。
Q３． 審査官は裁判所により自分が決定したことが覆されることを心理的にどう感じているのか？ 審査官本人の評価に影響することはあるのか？
A３． 拒絶査定が審決で取り消された場合、審査官本人及び管理職へフィードバックがある。 審判においては、判決が出たら報告するようになっている。人事評価に影響することはないが、審査官や審判官が気にすることはある。
３．月桂冠大倉記念館見学
説明員の説明を受けながら、記念館の見学コースを回った。「伏水」の試飲、酒造りの過程、木製の酒造設備、月桂冠の歴史そして３種類の日本酒の試飲等、伏見の歴史を感じながら、記念館を見学した。４．懇親会
講演会・月桂冠大倉記念館見学の終了後には、キザクラカッパカントリー黄桜酒場にて、会員間の意見交換、及び親睦を目的とした懇親会を開催した。以上
2019年度 関西三業種合同部会
| 時 | 10月25日(金)11：30〜10月26日(土)12：00 |
|---|---|
| 所 | 部会・見学・懇親会：あいち航空ミュージアム・ＭＲＪミュージアム・名古屋クラウンホテル |
| 人 | 内田業種担当役員(主)、柴原幹事(主)、富岡幹事(主)、大岩根幹事(主)、谷澤役員、中村役員、浅津幹事、大橋幹事、尾辻幹事、高田幹事、西野幹事、二木幹事
他82名 講師・各役員幹事を含む 合計94名(68社) |
議 事
１．開会挨拶
内田役員が開会の挨拶をし、三菱重工株式会社の森達也様が三菱重工株式会社を紹介した。２．会務報告
久慈直登専務理事が2019年度10月理事会の報告を行い、Marion(Amy)DIETTERICH様がWIPO GREENについての紹介を行った。３．講演
| 演題 | 『第４次産業革命のインパクト 〜知財部はどう対応すべきか〜』 |
|---|---|
| 講師 | パナソニック IPマネージメント 株式会社 代表取締役社長 足立 和泰 氏（JIPA副理事長） |
講演概要
- パナソニックの紹介
パナソニックは、ファミリーマートと共同して顔認証や物体認証を用いた自動運営ソリューションを産業革命として開発を進める。
これからは物を売って終わりではなく、暮らしのアップデートをする時代。例えば、テレビなどはアップグレード。 一方向（売り切り）であり、 家電を買っても翌年、新しいのが出て自分の買った家電が最新ではなくなる。旧製品を保有するお客様の満足度が低下する。すなわち、買ったときは一番価値が高く、どんどん価値が下がる。それでいいのか。
一方、スマートフォンやタブレット端末などがアップデート。スマートフォンなどは、双方向のやりとりにより、自分に合ったアプリを入れるので、 どんどん自分の中で価値が上がる。そういう家電が必要ではないか。これが第４次産業革命と関係してくる。 - パナソニックの知財活動の変遷
時代が物売りの時代ではない。自分たちと業種が違う企業とどう戦うのかが問題。どういう知財活動がいいのか今後変わっていく。知財戦略・事業戦略を積み上げていくことが大事。 - 第４次産業革命による事業構造の変化
変化としては２つ。１つめは、IOTを使うことで事業の形が変わってきた。２つめは、事業を作るための開発が変わってきた。
例えばエアコンを車の中からリモートで管理する場合、家から出た後、ある程度の距離が離れたときにエアコンのスイッチをオフにする。また、 運転の技術を数値化して数値によって保険料を上げ下げする、ということが考えられる。
医療分野におけるデジタルイノベーションとしては待ち時間の短縮や生活の質の向上などのサービスが期待されてきており、いろいろな業種が跨ってきた。
生活の質の向上としては、注射を打つ際病院に行かず、自分で打つようにする。打ってなければ病院からリマインダーが飛んでくるようにし、 注射を打てば病院にデータが行くようにして日々の管理をする。さらに、医療行為にならない範囲の健康チェックをする。
パナソニックの主な開発事例として「HomeX」がある。HomeXは、毎日がアップデートするくらしを実現する。例えば暮らしのアップデートとして料理のレシピや 旬の食材を用いたメニューを自動でダウンロード。付随して宅配サービスで材料が送られてくる。すなわち、いろんな企業と組まないと事業が作れない。しかし、組むのはいいが、どういう形で利益を上げるのかは考えなければならない。サービスを提供するのはいいけど、サービスを提供したらお客はお金を くれるのか。ビジネスモデルそのものを考える必要がある。 - 第４次産業革命による開発プロセスの変化
ハード製品を作る市場に対してのアプローチは、小型化や軽量化の開発技術が顧客価値となる価値の予測が可能。一方、サービスの市場に対してのアプローチは、 開発技術が顧客価値とならず、何が当たるかわからない。そのため、試してみるしかない。良ければ続け、だめならやめるしかない。
パナソニックの事業開発例として、事業のアイデアは２５１７件あったが、ものになったのは５件。全ての知財活動をきっちりかっちりやっていたのでは間に合わない。 - 求められる知財活動
知財として事業貢献できる範囲は拡大するが、その実現は大きなチャレンジとなる。
個々の事業ではなく陣営で競争へ貢献。陣営で得た利益はどのように分配していくのか。
知財はいいサービスと判断したら、それを特許として権利にすることも必要。知財としてどんな仕事があるのか。IPランドスケープのような調査・分析、 契約、戦略も重要な役割となる。IPランドスケープの結果を踏まえてビジネスモデルを描き、ビジネスモデルをアシストする知財の活用シナリオも同時に検討し、 事業契約を締結できればベスト。例えば、共創グループ内の特定の企業のみに利益が集中することは好ましくない。
知財が貢献する権利活用として、共創グループ外では、違う陣営の人たちに対してやめろというか、ライセンスするから同じ陣営になろうというか、として権利を使う。
共創グループ内では、権利があれば何もかも一緒というわけにはいかない。権利の取り方と使い方を考える。 - まとめ
- 知財が活躍できる場はたくさんある。
- 他社と組んでビジネスを立ち上げる。
- 顧客提供価値は、サービスが重要となる。
- パートナーと組んで競争力を上げる。そのツールとして知財は使える。そのために、調査・契約をする。スピードも重視する。
- 事業を作るプロセスの一員となるマインドセットが重要である。
４．部会報告
(電気機器部会)谷澤役員、（化学部会）中村役員、(金属機械部会)内田役員が今年度の部会活動計画を順次説明した。
５．見学
参加者を６班に分けて３班ずつ交互に、あいち航空ミュージアムとＭＲＪミュージアムとを見学した。- あいち航空ミュージアム
１階では、名古屋空港で初飛行した国産旅客機ＹＳ−１１をはじめ愛知県ゆかりの機体を展示した実機展示ゾーン、モーションシートと大画面 スクリーンでこの地域の空を自ら飛ぶ体験ができる遊覧飛行シミュレーションシアターのフライングボックスなどを見学・体感し、２階では、 日本の航空史に名を残した100種類の名機を、1/25スケールの精密模型で一堂に展示した名機百選などを見学した。 - ＭＲＪミュージアム
三菱重工グループの最先端テクノロジーを搭載した国産初のジェット旅客機 MITSUBISHI REGIONAL JET（MRJ）について、 組立工程や、実物を体感できるさまざまな展示物を見学した。
なお、2019年6月13日にＭＲＪ(三菱リージョナルジェット)からMitsubishi Space Jet（三菱スペースジェット）に旅客機の名称が変更となった。
５．懇親会
見学の後、名古屋クラウンホテルで懇親会を開催した。講師の足立様を含む90名にご出席頂き、幅広く意見・情報交換を行い、会員相互の親睦を深めた。以上
関西化学部会（第1回）
| 時 | 2019年6月12日(水) 14:45 〜 19:15 |
|---|---|
| 所 | 日本知的財産協会 関西事務所 |
| 人 | 中村業種担当役員、富岡、二木、尾辻各幹事 50社 62名 |
議 事
1. 会務報告
本年度関西化学部会の構成、年間活動方針および活動計画について、報告を行った。2. 講演
| 演題 | 裁判例に基づく用途発明の論点解説 |
|---|---|
| 講師 | ユニアス国際特許事務所 所長弁理士 梶崎 弘一 氏 |
講演概要
（１）はじめに
用途発明には多くの論点があり分かりにくいが、本講演ではなるべく分かりやすいように説明したい。そもそも、特許庁の審査基準において、用途限定した物の発明が、必ずしも「用途発明」に該当しないことが、理解を困難にしている。これは、大前提として、用途は考慮するけれども、まず、構造と形状を見ることになっているからである。従って、「用途発明」でないと取り扱われた場合、他の用途の引例で拒絶されるケースが多い。具体的に、例えば、クレーン用フックがクレーン用を意図した構造をしていても、ヘリコプター用のフックの引例があれば、用途は異なるけれども、新規性なしという判断になってしまう。
なお、本講演では、「用途考慮型発明」、「用途無視型発明」、「用途発明」という３種類の定義を用いるが、「用途考慮型発明」は、構造等を構成として解釈する（用途そのものを 構成として解釈しない）、「用途無視型発明」は、用途を無視して解釈する、「用途発明」は、用途を構成として解釈する、と定義する。このうち、「用途発明」が判例で確立している 定義であり、それ以外は、独自に定義したものである。
次に、「用途発明」の要件について説明する。二要件があり、一つ目の要件が「未知の属性を発見」であり、理論的に作用・効果が説明されているだけでは足りず、実施例及び比較例によって、効果が裏付けられていることが求められる。二つ目の要件が、「新たな用途への使用に適することを見いだし」であり、用途に新規性があることが求められる。
2016年4月に食品に用途発明が認められたことにより、この二要件が注目されている。新規性をクリアしても、進歩性もクリアして初めて特許が認められるわけであるが、「未知の属性」や「新たな用途」が新規性の段階で認められれば、進歩性も認められやすい傾向がある。
本講演では、権利化及び権利活用の両面から、判例をベースに主要な論点を説明する。
（２）審理基準と判決例との整合性
まず、「即席冷凍麺類用穀粉」事件（知財高判平成13年4月25日判決 平成10年(行ケ)第401号 審決取消請求事件）を紹介する。本判決では、「用途発明」の二要件が判示されるとともに、「先願明細書に先願発明が完成した用途発明として開示されていること」という基準が示され、先願発明の未完成を理由に、拒絶審決が取り消された。また、「鼻汁吸収用ナプキン」事件（知財高判平成24年10月29日判決 平成24年(行ケ)第10063号 審決取消請求事件）では、特許庁により、本願発明「繰り返し使用するための、水様の鼻汁吸収用ナプキン」と引用発明「生理用ナプキン」との相違点について、新たな用途を発見したわけではなく、また、発明の特有の効果が実験により示されていなかった ため、用途発明ではないと判断された。また、審決でも同様の判断がされていたが、裁判所は、用途そのものを構成として判断した上で、進歩性を否定するというロジックで、請求を棄却した。
このように結果は同じでも、特許庁と裁判所の判断理由が異なる場合がある。現在においても、用途発明の判断が錯綜している状態であることを知っておいてほしい。
（３）論点１（属性発見の対象物の範囲）
次に構造体に用途発明が成立するかどうかについて説明する。「生分解性土木用繊維集合体」事件（知財高判平成24年5月23日判決 平成23年(行ケ)第10249号 審決取消請求事件）では、本願発明が「土木用繊維集合体」であるのに対し、引例は「農業用繊維集合体」であるケースにおいて、特許庁により、審査の段階から審決に至るまで用途発明であると判断されたが、裁判所も、両者の用途に区別がつくとして、用途発明としての特許性を認めた。さらに、複雑な構造体に用途発明が成立するかどうか説明する。「電磁波干渉抑制体」事件（知財高判平成17年8月30日 平成17年(行ケ)第10110号 特許取消決定取消請求事件）では、特許庁は、異議決定の際に、周知の構成を理由に用途発明としての進歩性を認めなかった。裁判所もこの異議決定の判断を支持し、進歩性がないことを理由に拒絶審決を維持した。 しかし、進歩性は否定されたものの、用途発明として用途そのものが構成として解釈されており、用途発明の対象物の範囲がどこまで広がっていくかという点は、興味深い。
（４）論点２（「新たな用途」の解釈）
次に食品を用途発明の例外とした唯一の判決を紹介する。「痴呆予防及び治療用の組成物」事件（知財高判平成26年10月23日判決 平成26年(ネ)第10051号 特許権侵害差止請求控訴事件）は、請求項の「組成物」の中に食品が含まれるか不明なケースで、特許庁の出願審査の段階で、食品組成物に係る請求項が削除されているにも関わらず、訴訟において「食品を含む」と主張する ことが禁反言に当たるとされたものである。原告は、食品も含めて用途発明が成立していることを主張したが、裁判所は、「痴呆の予防及び治療の目的が食品としての新たな用途を提供するものではない。」として新規性を否定した。 禁反言の主張が認められ非侵害となったが、判決で明確な理由が示されているわけではない。食品用途発明が、新たな用途を提供するものではないと判断されたおそらく唯一のケースであると 思われるが、審査基準記載の「食品」について、まだ裁判所の判断が定まっているとは言えない。
「新たな用途の考え方」については、「シワ形成抑制剤」事件（知財高判平成18年11月29日判決（行ケ）第10227号 審決取消請求事件）が参考になる。特許庁は、本願発明の組成物が
「シワ形成抑制剤」であるのに対し、引用発明が「美白化粧料組成物」である点について、新たな用途が生み出されていないと判断したが、裁判所は、本願出願までに、引用発明「美白化粧料組成物」を皮膚に適用すれば「美白作用」と同時に「シワ形成抑制作用」があることを記載した文献が存在したとは認められず、そのような作用が当業者には知られていなかったと
判断し、ホームページに美白効果とシワ形成抑制効果とを併せ有している化粧料が掲載されていることを持って、当業者が知り得たとはいえないとし、新たな用途があると判断した。
本件は、新規性も進歩性も認められたケースであるが、文献に書かれていなかったので、特許が認められたといえる。次に「用途の区別」について説明する。「スーパーオキサイドアニオン分解剤」事件（知財高判平成23年3月23日判決 平成22年(行ケ)第10256号 審決取消請求事件）では、特許庁は、 引例の「白金粉末を飲料水として使用した場合の効果」と、本発明の「白金粉末を飲料水として使用した場合の効果」が一部共通するが、その効果がスーパーオキサイドアニオン分解剤 としての効果であるとの知見がないことを理由として用途の相違を認めた。しかし、裁判所は、白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は、既に記載、開示されていた、白金微粉末を用いた方法（用途）と実質的に相違はなく、新規な方法（用途）とはいえないと判断した。
従って、審決や判例の判断が錯綜する中で、用途発明かどうかを考慮する際には、用途の表現が適切か？用途の限定に技術的意義があるか？新たな用途を提供するか？用途の区別がつくか？という順に要件を一つずつクリアして判断していくしかない。
（５）論点３（用途と侵害行為の関係）
次に用途の解釈について説明する。まず、「薬剤分包用ロールペーパ」事件（大阪地判平成31年3月5日判決 平成28年(ワ)第7536号 特許権侵害差止等請求事件）を紹介する。 「用途の解釈」が特許権侵害訴訟の中で争われたケースであるが、原告製品の薬剤分包用ロールペーパに関する特許の明細書において、効果は記載されていたものの、その効果が実験により示されておらず、いわゆる用途考慮型の発明であった。これに対して、被告は、自己の製品が当該用途に使用されていないものを含むため、用途そのものが構成として解釈されるべきとして、非侵害の判断を求めた。裁判所は、本件発明は、「薬剤分包用ロールペーパ」という物の発明であり、構成要件Aの薬剤分包装置に係る特定は、本件ロールペーパ等の構造、機能等を特定するものであり、用途または用法を定めたものではないとした。つまり、用途考慮型発明では用途を構成として解釈しないとしたわけで、用途に使用していなければ非侵害というわけではない点に注意が必要である。次に、「メニエール病治療薬事件」（知財高裁平成28年7月28日判決 平成28年(ネ)第10023号 特許権侵害差止等請求控訴事件）を紹介する。本件は、被告製品の添付文書及びインタビューフォームにおけるメニエール病についての用法用量の記載は、非侵害であったが、ウェブサイト上での治療方法の記載が、侵害である点が争われた事件である。原告は、漸減の結果、投与量構成要件A所定の範囲内に至った場合も侵害である等主張したが、裁判所は、特許法２条３項の「実施」の解釈について、用途発明の場合は、「新規な用途に使用するため」に限定されるとした。即ち、本件発明は、新規な用途を創作した用途発明であり、新規な用途で特許権が認められたのだから、実施の解釈においても、新規用途のための実施に限られるとしたわけである。本件では、原審と知財高裁で結論は同じであるものの、判決は変更されており、原審は、技術的範囲のポイントを細かく見ているが、知財高裁では、行為として従来用途と区別されるかといった大きな視点で判断している。
（６）論点４（間接侵害の適用の可否）
次に用途なしで間接侵害が適用し得るかという点を説明する。「ピオグリタゾン」事件（平成25年2月28日判決 平成23年(ワ) 第19435号,19436号 各特許権侵害行為差止等請求事件） 本件は、原告の２薬併用剤と被告の単剤間で発生した事件であるが、原告の２薬併用剤について、明細書に発明特有の効果が実験により示されており、用途発明とされたものであった。 一方、被告製品は、単剤であったが、添付文書に、２薬併用の説明がされていた。原告は、道具理論により、医師、薬剤師を介した直接侵害を主張したが、裁判所はこれを認めなかった。 間接侵害についても、従来技術の問題点を解決するために新たに開示されたピオグリタゾンと本件各併用薬との特定の組み合わせが、本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるため、単剤による実施は、不可欠要件を満たさないとして、間接侵害を認めなかった。これについては、特許権の及ぶ範囲が不当に拡張される結果をもたらさないようにするためとの説明がされているが、 裁判所は、「特段の事情」がある場合には、間接侵害を認める場合もあることを判決中で触れている。（７）まとめ
１．権利化から侵害の局面まで「用途発明」と「用途考慮型発明」の差異を理解することが重要である。２．属性発見の対象物の範囲は広く、複雑な構造体も対象となり得る。
３．権利化に際して、用途の区別および用途の技術的意義が問題となる。
４．侵害訴訟でも「用途考慮型発明」では、用途ではなく構造等の限定として解釈される。
５．用途発明では、従来と区別される行為の場合だけ、侵害行為となる。
６．用途以外の構成の実施行為に、間接侵害は適用されない。
質疑応答
| Ｑ１． | 「メニエール病治療薬事件」について、イソソルビトールを所定の量で、別の病気を治す目的で投薬し、たまたま、顕在化していなかったメニエール病が治った場合、特許侵害が成立するのか？ |
| Ａ１． | 特許侵害にはならない。「ラベル論」を参考にしてほしいが、侵害が成立するには、積極的用途記載が為された場合等に限られる。積極的用途を記載してしまったら、従来の用途と区別されてしまい、新たな用途が創出されたとみなされる。 |
| Ｑ２． | 「メニエール病治療薬事件」における原告の主張は正当と思われるが、なぜ考慮されなかったのか？ |
| Ａ２． | 「分包」に関する原告の主張を見ても、積極的に新しい用途を創出しているとは言い難いと思われる。本件では、原審と知財高裁で判断の方法が異なっており、原審は細かく検討して非侵害と判断しているが、知財高裁では、「新たな用途を提供するか」「用途の区別がつくか」という大きな視点で、非侵害の判断をしている。 |
| Ｑ３． | 「ピオグリタゾン」事件における、裁判所の示した「特段の事情」について、例えば、併用投与を勧める記載、即ち、積極的侵害教唆がなければ、非侵害という考え方をすれば良いか？ |
| Ａ３． | 判例で示されているとおり「特段の事情」が間接侵害の不可欠要件と考えた方が良い。 |
3．懇親会
講演会の終了後には、会員間の意見交換、及び親睦を目的とした懇親会を開催した。
