新刊書紹介

新刊書紹介

知財審決取消訴訟の理論と実務

編著 中野 哲弘 著
出版元 日本加除出版 A5判 220p
発行年月日・価格 2015年10月23日発行 2,100円(税別)
 本書は,知的財産高等裁判所で所長を務められた後,現在は日本大学大学院法務研究科教授 を務められている中野哲弘氏によるものである。

 知的財産に関する訴訟の解説書の多くは民事訴訟である侵害訴訟に関するものであり,行政訴訟である審決取消訴訟に関するものは多くな い。その中で,本書は,訴訟当事者又は訴訟代理人の立場からは見えにくい訴訟運営に焦点を 当て,裁判所視点でのポイントを中心に理論的根拠と実務運用を解説している。特許法などの個別法に関する先端的論点は取り上げず,審決 取消訴訟の訴訟運営に絞っているため,手続の際に問題となる理論上及び実務上の問題点を平 易に理解することができる。

 第一編は,総論として,審決取消訴訟の概観,審決取消訴訟に関する根拠法令,審決取消訴訟からみた先行手続の特色で構成され,審決取消 訴訟とはどういうものかが解説されている。

 第二編は,審決取消訴訟の概説,訴えの提起,主張と立証,審理,訴訟の終了,審決取消訴訟と侵害訴訟の交錯で構成され,審決取消訴訟の手続や上述の問題点が解説されている。

 第三編は,現在でも有益な重要判決の要旨,知財高裁の組織の現状が解説され,参考法令(抄録)が付されている。

 本書を薦める理由は,本書が訴訟当事者又は訴訟代理人の視点ではなく,裁判所の視点で解説されていることと,その読み易さである。

 本書は,第一編が72頁,第二編が84頁,第三 編が40頁で構成されており,総論である第一編が審決取消訴訟と同様の厚みで解説されてお り,総論をしっかりと理解してから,審決取消訴訟を理解することができる。この頁数で理解 に必要なことが網羅されているため,厚みのある書物を苦手とする読者にも適している。

 各項目は,項目のタイトルで用いられる言葉について「○○とは□□です」という言葉の定義や,「○○のために□□を述べます」という解説の目的から始まるため,言葉の意味が分からないまま読み進めることがない。

 そして,項目の本文を読み進めて一段落した所で「MEMO」が添えられており,補足やなお書きが加えられている。これが当事者や訴訟代理人の立場からは見えにくい訴訟運営の解説に輪を掛けて,読んで得たものを逃さないようになっている。

 知的財産高等裁判所発足前の東京高等裁判所知財部及び知的財産高等裁判所で知財事件を手掛けた著者だからこそ,裁判所の視点から読者に向けた丁寧な解説ができるものである。著者の経験から思うところは本書でなければ得られない。

 初学者は勿論,長年の経験者にも是非とも読んで頂きたい1冊である。

(紹介者 会誌広報委員 N. I)

新刊書紹介

改訂4版 シミュレーション特許侵害訴訟

編著 伊原友己,岩坪哲,久世勝之,井上裕史 共著
出版元 経済産業調査会 A5判 480p
発行年月日・価格 2015年12月11日発行 4,000円(税別)
 本書は特許侵害訴訟の理論と実務を分かりやすく解説した入門書である。多数の特許侵害訴訟事件を経験された著者達によって実践的な解説がまとめられており,付記弁理士になるための登竜門である「特定侵害訴訟代理業務に関す る能力担保研修」の副読本にも指定されている。この度,最近の特許法改正やプロダクトバイプ ロセスクレームに関する最高裁判決など,最新の知財司法の情報を盛り込んだ形でバージョンアップされ,改訂4版として出版された。

 本書の最大の特徴は,架空の特許侵害訴訟事件に関するストーリーに沿って一連の訴訟業務が解説されている点である。小説のような書きぶりでストーリーが展開され,登場人物や場面の設定も細かく,侵害探知から訴訟終了までの一連の流れを当事者の視点から疑似体験できるような構成となっている。ストーリーのあらすじは以下の通り。

 ある日,アクセサリー販売会社の営業担当は,自社製品と類似したネックレスの存在を知る。類似品は既に市場に出回っており,自社製品の売上に悪影響を及ぼしている可能性があるが,何か打つ手は無いのか…。顧問弁理士に相談したところ,類似品が自社特許(出願)に記載された発明の技術的範囲に属する可能性があるという。そこで,当該アクセサリー販売会社は類似品の販売会社に対して侵害訴訟を提起する。原告となるアクセサリー販売会社には知的財産部門は無く,総務や企画開発部門が訴訟業務を担当することになるのだが,担当者は当然知財に関する知識は少なく,初心者が抱く典型的な疑問を顧問弁理士にぶつける。それに対して顧問弁理士は,知財業務未経験者でも理解できるような平易な言葉で丁寧に回答し,実務的な留意事項を解説してくれる。

 本書では,ストーリー中の各場面において,上記のような「初心者」と「専門家」のやり取りが展開されるため,訴訟業務の知識が少ない読者であっても疑問点を一つ一つ解消しながら読み進めることができる。特に,訴状作成の場 面はお勧めである。経験豊富なベテラン弁護士が若手弁護士に対して訴状の書き方を指導する様子が描かれているのだが,この若手弁護士が細かい疑問点を隈なく質問してくれるため,納得感を得ながら,まるで自分が指導されているような感覚で読み進めることができる。

 加えて,本書には警告書,訴状,原告被告の各種準備書面等,訴訟手続きで必要となる書面が,実務に則った様式で載せられている。これらの書面は,実際の訴訟実務の際にも役立つものと思われる。

 特許侵害訴訟はそう頻繁にあるものではな く,訴訟業務を経験したことがない読者の方も多いと思われるところ,本書は一回の訴訟を体験したような感覚が得られるものであり,これから訴訟業務に携る可能性のある方,訴訟に興味のある方に,是非お勧めしたい一冊である。

(紹介者 会誌広報委員 HI)

アンブッシュ・マーケティング規制法−著名商標の顧客誘引力を利用する行為の規制−

編著 足立 勝 著
出版元 創耕舎 B5判 186p
発行年月日・価格 2016年1月5日発行 2,500円(税別)
 2020年のオリンピック開催地が東京に決定した際,朝日新聞(2013年9月10日夕刊)に「『おめでとう東京』もアウト五輪商戦,言葉にご注意」という見出しの記事が,そして日本経済新聞(2013年9月30日)に「五輪商戦・商標に注意想起させるとNG」という記事が掲載されたことを覚えている知財関係者も多いのではないかと思われるが,「商標に注意」はともかく,「『おめでとう東京』もアウト」について,その法的根拠を問われたらどう答えるだろうか。また「2020東京」や「祝!東京決定」といった表現について,どこまでがOKでどこからがNGなのか,自信を持って答えられるだろうか。オリンピックのような大規模なイベントが開催される際には,それに関連した様々なビジネスが展開されるが,同時にそのようなイベント等の顧客誘引力を利用したアンブッシュ・マーケティ ング,いわゆる便乗広告が問題となる場合がある。本書ではそのアンブッシュ・マーケティン グについて,日本商標協会の理事や日本マーケティング学会の「ブランドとコミュニケーショ ン」プロジェクトメンバーを務める足立勝氏が,これまでに発表してきた論文等を基礎に,検 討・提言を纏めた内容が記載されている。

 構成としては,まず第1章で問題提起として,日本におけるブランド保護に関する法制度の現状について述べ,第2章でアンブッシュ・マーケ ティングの定義・類型及び各国におけるアンブッ シュ・マーケティング規制法の制定状況やその 概要を紹介している。ここで類型としては,「A.イベントのスポンサーである旨の虚偽の表示をす る」,「B.イベント関連の標章と同一・類似のマ ークを使用する」,「C.イベント関連の標章と同 一・類似のマークは使用しないが,イベントと関 連があるかのような表示をする」,「D.イベント関連の標章と同一・類似のマークは使用しないが,イベント会場付近で広告・販売活動を行う」 という4タイプを挙げ,それ以降で触れる各法制 について,どのタイプの活動の規制に関するものかを含め分かり易く説明している。次いで第3章 では各国におけるアンブッシュ・マーケティング規制法制定の背景として,オリンピックの他,FIFAワールドカップやNFLスーパーボウル等の各種イベント主催者の要請とその理由,及び制定の基礎となる各国の法理や法律を纏めている。

 そして第4章から最後の第6章にかけては,日本に話を戻し,我が国におけるアンブッシュ・ マーケティング規制法制定の可能性として,商標法・不正競争防止法について,その適用の限界や,景品表示法・独占禁止法も含めアンブッ シュ・マーケティング規制法の基礎になり得るかを論じた上で,2020年オリンピックのための限時法,及びイベントに限らず普遍的に適用される法令の制定に対する提言がなされている。

 2020年オリンピック東京招致委員会が国際オ リンピック委員会に提出した申請書類の中でも 「必要があれば,日本政府は現行法を修正又は新たな特別法を制定するための法案を国会に提出する」との記載があり,立法の動向が注目さ れる中,各企業においても今後どのような対応 が求められるかを探るための参考として,ぜひ手に取っていただきたい一冊である。

(紹介者 会誌広報委員 H.A.)

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