新刊書紹介

新刊書紹介

注解 意匠法

編著 満田 重昭・松尾 和子 編
出版元 青林書院 A5判 800p
発行年月日・価格 2010年10月22日発行 9,000円(税別)

 本書は800頁に及ぶ意匠法の逐条解説書であり,大著である。意匠法関連の書物としては最も重厚な書の一つに数えられるのではなかろうか。編者のはしがきによれば,出版が最初に企図されたのは1997年頃とのことであるから,足掛け13年の歳月を経て出版に至ったということになり,完成までに要した時間も一通りでない。執筆者は29人,判例索引には500件以上の判例が並ぶ。見かけの上での本書のスケールの大きさを紹介するだけでもずいぶんと誌面を要するが,本書の濃密な中身もその見かけに違わぬものである。幾つかその特長を述べてみたい。

 本書は,意匠制度・意匠法の歴史と関連する諸条約等との関わりについて述べている序章と,意匠法全77条の逐条解説部分の2部からなるが,序章において関連諸条約の説明に一定の紙面を割いている。パリ条約・TRIPS協定・欧州共同体意匠規則に加え,我が国が加盟していない条約であるヘーグ協定についても言及があり,その特徴が商標におけるマドリッド協定プロトコルとの対比によって分かりやすく解説されている。ヘーグ協定に関しては,加盟国増加の具体的な情報は耳にしないが,仮に米国や中国が加盟するようなことがあれば,我が国にとっても利便性の高い制度に変わる。実務家にとっては留意しておくべき点ではなかろうか。

 本書が企画から完成までに長い年月を要したことは述べたが,その一方で最新の法律改正までを丹念にフォローしている。平成18年の画面デザインの保護に関する法改正,平成20年の特許法の仮通常実施権制度創設に伴う改正も本書の射程である。また,引用される判例は平成21年5月の知財高裁判決までを対象としており,その数は前述の通り500件以上に及ぶ。同種の書と比べてもかなり多く,読者の参考になるとともに,執筆の背景に膨大な判例の考察があったことが窺える。本書の執筆者は,大学教授・弁護士・弁理士・現職の特許庁審査官や審査官経験者等様々で,中には企業の知財部門にお勤めの経歴を持つ方もいるが,例えば権利侵害や訴訟に関する条項であれば弁護士の方が,権利取得に関わる条項であれば弁理士の方が担当するといった,執筆者の専門性を活かそうとする配慮がなされており,実務に即した内容に触れることができる。

 近年の意匠に関わる実務上の課題として,意匠ユーザーが保護して欲しいものと,実際に法によって保護されるものとが乖離しているとの指摘がある。また,以前からの取り組みではあるが,意匠を特許や商標といった他の知的財産と組み合わせた商品・サービスの差別化やブランド構築の手法が注目されている。こういった議論は,産業構造審議会での検討に委ねるとして,本書のような意匠制度全体を詳細に俯瞰した専門書・逐条解説書は,日々の実務を考察し,遂行する上で極めて有用であり,加えて,将来のより優れた制度設計を見据えながら,現行制度の更なる理解に大いに役立つのではないだろうか。そういった意味でも実務家にとって必須の書と言えるのではなかろうか。

(紹介者 会誌広報委員 T. K)

新刊書紹介

知的財産権と渉外民事訴訟

編著 河野 俊行 編
出版元 弘文堂 A5判 440p
発行年月日・価格 2010年8月15日発行 4,800円(税別)

 文部科学省の「特定領域研究」をご存知だろうか。「最高宇宙線」「地球深部スラブ」「膜インタフェイス」「生体ナノシステム」のような理工系・生物系のプロジェクトが中心であるが,一部,人文・社会系のプロジェクトもある。「日本法の透明化」プロジェクトもその一つである。このプロジェクトはさらに「国際社会法」「国際物品サービス取引法」などのいくつかの班により構成される。本書の編者である河野俊行教授はこれらの班をまとめる「総括班コアメンバー」の一人であり,「産業財産権」班の代表者でもある。「産業財産権」班と「著作権」班,「国際民事訴訟法」班は共同で,知的財産権の国際裁判管轄,準拠法及び外国判決の承認執行の問題について共同で研究した。本書はその研究成果である立法提案,同様の研究をしているヨーロッパのグループとアメリカのグループの立法提案,さらにこれら立法提案への実務家からのコメントから成っている。
 知的財産権の国際裁判管轄と言われてもピンとこない読者もおられるだろうから,「属地主義」という言葉と絡めて本書でも取り上げられている裁判例をひとつ紹介しよう。
 この事件の被告は健康食品関係の発明に関する米国特許の特許権者である。原告は日本国内で健康食品を製造しており,米国にも輸出していた。原告は,上記の原告製品は被告の米国特許権の技術的範囲に属さず,同特許権には無効事由があるから,米国内において上記原告製品を販売することは上記米国特許権を侵害しないと主張して,原告による米国内における上記原告製品の販売につき被告が上記米国特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を東京地裁に求めた(東京地判平成15年10月16日判時1874号23頁,サンゴ砂事件)。
 読者の多くは知財の勉強の初期に「属地主義」という言葉に出会ったことだろう。そしてその学習し理解したはずの「属地主義」の原則によると,本件のような米国特許権に基づく差止請求権の有無等の問題については米国の裁判所のみが管轄することになるはずである。被告は,そのような原則を理由として日本の裁判所に国際裁判管轄は認められないと主張した。しかし,東京地裁は属地主義の原則とは「特許権の実体法上の効果に関するものであって,特許権に関する訴訟の国際裁判管轄につき言及するものではない」として被告の主張を退け,被告の普通裁判籍(被告は日本法人)等を考慮して日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定した。
 今後クラウドコンピューティング等国境を跨ぐ技術が大きく広がっていくことを考えると(クラウドコンピューティングについては本書第6部「実務的考察」で触れられている),国際的知的財産紛争の処理にあたって知的財産権の国際裁判管轄等が重要な意味を持つ。現状このような問題に関する国際法規範の枠組みは確立されていない。そこで本書は「国際的な知的財産権訴訟のための新スキームを提唱」(本書の帯より)するものである。
 「属地主義」とはどういうことなのか,再学習の必要がある。

(紹介者 会誌広報委員 H.T.)

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