新刊書紹介

新刊書紹介

知的財産権のグローバル化―医薬品アクセスとTRIPS協定―

編著 山根 裕子 著
出版元 岩波書店 四六判 400p
発行年月日・価格 2008年3月6日発行 2,800円(税別)

特許によって保護された医薬品をめぐる発展途上国側と先進国側の対立は、医薬品アクセス問題としてWHO(世界保健機関)でも重要な 課題として取り上げられている。特許の存在により医薬品が高価となり、患者が薬を使えない要因となっていると主張する発展途上国側と、 知的財産権保護を求める先進国側との対立は、今のところ打開策の糸口も見えていない状況にあるといってよいと思われる。

2007年にブラジル及びタイ両政府が相次いで強制実施権を発動し、特許期間中である医薬品について国内製造を許可した事例は、強制実施権が頻発される事態になれば知的財産権の無力化に繋がりかねないため、製薬関係者のみならず、先進国側に衝撃を与えた事件であった。医薬品アクセス問題は、医薬品の知的財産権そのものの是非に議論の焦点がすり替わっているとも言われており、WHOでの今後の議論にも注視していく必要があるだろう。

本書は、WHOの「知的財産権、イノベーション及び公衆衛生」国際委員会の委員として医薬品研究開発及びアクセス条件の調査にも携わっておられた、政策研究大学院大学の山根裕子教授の著書である。実際にWHOの国際委員会でご活躍されている立場で執筆された本書は、以下のように構成されており、医薬品アクセス問題に関する状況や、TRIPS協定について詳細で理解しやすい内容となっている。

「第一編 TRIPS協定」では、TRIPS協定が成立した背景について、強制実施権に関する規程や、医薬品の特許やデータ保護期間等との関 連も含めて述べられている。
「第二編 エイズ薬と特許」では、途上国におけるエイズ感染の拡大という「グローバルな感染症」の問題の出現が、国連機関やWTOにおいて、TRIPS協定にいかなる影響をもたらしたのか検証がなされている。
「第三編 途上国の産業政策」では、1970年代以来のBRICs諸国といわれるような、いくつかの振興中産国における医薬品産業育成の経緯をたどり、TRIPS協定がこうした産業政策に与えるインパクトを吟味した上で、特許保護と医薬品アクセスの関連について考察されている。
「第四編 先進国の特許制度と医薬品の研究開発」では、バイオ創薬の発展が、米国特許制度においてどのような影響をもたらしたのか、さらに米国やEUの競争法がどのような適用がなされたのかが検討されている。
「第五編 人道と経済効率」では、TRIPS協定の柔軟解釈が、途上国の国内制度をいかに形成しつつあるのか、さらに日本が取り得る対応についての考察がなされている。

近年、世界統一特許に向けた動きが、日・米・欧を中心に加速し、グローバルな知的財産権保護制度の構築が検討されているなかで、知的財産権保護が目指すべき「公益」とは何かを深く考えさせられ、またTRIPS協定を理解する上でも非常に詳細で判りやすく書かれた良書である。バイオ関連の業務に携われている方でなくとも、是非ご一読されては如何だろうか。

(紹介者 会誌広報委員 S.I)

新刊書紹介

アメリカ知的財産権法

編著 アーサー・R・ミラー/マイケル・H・デービス 著
藤野 仁三 訳
出版元 八朔社 A5判 291p
発行年月日・価格 2008年3月11日発行 3,000円(税別)

近年、米国知的財産法制度への関心が高い。
その理由として、アメリカ連邦最高裁判所が知的財産関連事件で裁判例を積極的に出している ことが考えられる。米国において連邦最高裁判所が受理する事件は、社会的・法律的に重要な案件に限定され、その受理件数は1%とも言わ れる。そのような状況で、連邦最高裁判所が最近3件もの特許判決を出したことは、いかに知的財産権問題が重要視されていることを伺い知ることができる。

このような背景の中で、本書は高い評価の法律書シリーズ(ナットシェルシリーズ)のひとつとして刊行されたものを米国知的財産法の初 学者向けのテキストとして使用できるように翻訳されたものである。

したがって、翻訳文は平易な表現になっており、米国法特有の用語についてもわかりやすい訳語になっている。知財分野での重要語句につ いては、英文も併記され、豊富な判例を引用することにより法的根拠が明確にされている。豊富な判例を引用されているが、その判例を脚注 に移す等、本文中に判例が頻出することに対する読者の抵抗感を減らすように工夫されている。

本書の訳者は、米国法に非常に造詣の深い東京理科大学専門職大学院知的財産戦略専攻の藤野仁三教授であり、藤野教授ならではの初学者向けの工夫が随所に見られる。

本書は、知的財産権の中で代表的なものである特許法、商標法、著作権法について解説され、以下のような構成となっている。

  • 第1〜第10章 特許法
  • 第11〜第18章 商標法
  • 第19〜第27章 著作権法
  • 第28章 国際協定

特許法の部分では、米国特許法で混同しやすい「新規性」と「法的拒絶事由」について、日本特許法にない存続期間の放棄「ターミナル・ ディスクレーマー」について等、重要項目については非常にわかりやすく解説されている。

商標法の部分では、米国商標法の特有の連邦法(ランハム法)と州法(コモンロー)との二重構造関係がわかりやすく解説されている。

著作権法の部分では、特許権による保護対象と著作権による保護対象が明確に解説され、著作権による保護対象が初学者でも理解しやすくなっている。

それぞれの法律が制定された歴史について記載されており、法律が制定された時代背景が理解でき、また、引用されている条文も必要最小限に とどめられている。初めて米国知的財産権法を学習される方は、是非ともご利用頂きたい一冊である。

(紹介者 会誌広報委員 M.N)

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