ちょっと一言

日米知財裁判カンファレンスを振り返って

 3ヶ月ほど前の話になってしまって恐縮ですが、過日2011年10月26〜27日、ホテルオークラ東京にて「日米知財裁判カンファレンス」が開催されました。このカンファレンスは、簡単に言うと、日米の知的財産分野における著名な裁判官や実務家が集まって、日米の相互理解を深めようというものでした。このような試みはかつて例が無く、この革新的なカンファレンスに日本知的財産協会も賛同し、共催団体として参画しました。おかげさまで、私は会誌広報委員会の一員として、この歴史的イベントを拝聴する機会を得ましたので、ご報告を兼ねてちょっと一言述べさせていただきたいと思います。

 このカンファレンスでは、米国から、連邦巡回区控訴裁判所(以下、CAFC)のレーダー長官と裁判官、そしてカッポス特許商標庁長官も参加しました。一方、日本からは、知的財産高等裁判所(以下、知財高裁)の中野所長と部総括判事、地方裁判所の裁判官、そして岩井特許庁長官も参加しました。他にもパネリスト等として、知的財産分野で著名な方々が多数、ここではとても書ききれないぐらい出席しました。知財のVIPどころが一同に会す、という感じで圧巻でした。実は、会誌広報委員会内でこのカンファレンス聴講の募集があったとき、私は直ぐに手を挙げました。だって、自分の眼で見たくないですか? 知的財産に関わる一人として、知財界に大きな影響を与える人がどんな人で何を考えているのか、ということを。

 カンファレンスの主なプログラムとして、まず1日目に「日米両国裁判官による合同ディスカッションおよび質疑応答」、国際消尽など各テーマごとの「分科会(パネルディスカッション)」が行なわれました。日米両国裁判官による合同ディスカッションでは、日米の訴訟体系の違いについて議論されました。また2日目には、日米特許庁長官による講演が行なわれました。その後、「CAFCと知財高裁が各国でなした貢献と今後の展望」と称して、CAFCと知財高裁の運用を比較するディスカッションが行なわれ、ある事例に基づいて両国の模擬裁判を壇上で行なう「模擬裁判」へと続き、閉会の辞となりました。各プログラムは全て日英の同時通訳をイヤホンで聞くことができ、英語が苦手な私でもアメリカンジョークをかろうじて笑うことができました。

 さて、カンファレンスに対する包括的な印象としては、「日米知財裁判所がハーモナイゼーションの一歩を踏み出した」という感じでしょうか。

 米国の裁判では、陪審員制度など特有の制度が存在するとともにディスカッション形式の裁判方式で裁判が進められるのに対して、日本の裁判では準備書面など書面重視の方式で裁判が進められるなど、両国で裁判のシステムが異なります。特に今回のカンファレンスにおける模擬裁判(模擬口頭弁論)では、その違いが浮き彫りになったと感じました。米国裁判官は、矢継ぎ早に代理人へ対話を求めてディスカッションするからです。このような裁判システムの違いもあって、グローバル化する企業の知財裁判では、各国の裁判所ごとに見解が異なり、権利の不安定化を招いています。このような点について、日米両国裁判所とも、ある程度統一化された見解が各国裁判所で出される必要があると感じているようでした。そのためにも、互いに各国裁判制度の相互理解を深めることを今回のカンファレンスの第一歩としているようでした。

 両国特許庁自身も、特許制度が各国で異なるために生じている権利の不安定化を問題視しており、そのためにPPHの導入やPLT批准など、権利安定化に寄与する制度や条約の批准をさらに推し進める意向のようです。米国の今般の先願主義への移行は、世界各国へのハーモナイゼーションに向けて、米国が自らメスを入れた形になっており、岩井特許庁長官も、米国特許商標庁が国際協調に向けて舵をきったことを歓迎していました。また岩井特許庁長官の講演では、出願が増加する中国への危機感があらわになっており、一方、カッポス長官からは、中国に対する表立った危機感は感じられませんでした。しかしいずれにしても、今後、中国を含めた、日米欧中韓の五大特許庁が調和を図っていく必要があることを、両国特許庁とも認識していることが感じられました。

 各国の特許制度や知財裁判制度が支えた多くの発明は、急速に国と国との距離を縮めました。しかし、昨今の国際的な知財紛争を振り返ると、今や図らずも各国の特許制度や裁判制度の違いが、技術革新の足かせになろうとしている気がします。今後は、今回のカンファレンスが踏み出した一歩と同様に、世界各国がハーモナイゼーションに向けた歩みを加速させなくてはならないはずです。この歩みは、未だ試行錯誤の歩みかもしれません。互いの文化を学び、尊重することから始めなくてはならない以上、試行錯誤はやむ無しです。でも各国が互いに歩み寄る一歩を踏み出すことが、今後の特許制度の発展を支えるはずです。今回のカンファレンスでその支柱が一つ建ったような気がします。

  • 画像1

  • (Y.K.)

    Copyright (C) Japan Intellectual Property Association All Rights Reserved.