役員談話室
2020年7月23日放映のNHKニュース取材の話
20日にNHKから電話があり、今年になってからの特許出願の減少について、今すぐにでも取材をしたいといいます。同じコロナ下にありながら、米中は前年同時期と同じか少しプラスになっているのに、日本だけ減少しているのは何故か。特許庁の産業構造審議会知財分科会でそのような資料が示されたのがきっかけで、すぐにニュースにしたいらしい。
私は、NHKの仕事は2014年の土曜ドラマ「ダークスーツ」の知財考証をしてからのご縁で、その後、報道内容の確認などのヘルプをしていましたので即OK。ドラマのときには主役の斎藤工さんに紹介され、彼が知財を学ぶあたりの話もあるのですが、それはまた別な機会に。
今回の質問はなぜ日本だけ減少しているか、中長期的な戦略をどう考えればいいかの大きく2点です。
まず日本では今年1月から5月まで、前年よりも数%減少しています。NHKは、コロナのせいで日本企業の研究開発力が落ちて出願件数が減っているというシナリオにしたいようです。
これに対し、私からのコメントは、「発明が生まれてから特許出願書類を準備して特許庁に出すのに、普通数ヶ月から半年かかる。大きな技術の流れの中でどの部分が新しい発明で、どのように権利を構成するのがベストなのか検討し、書類を作成する時間がかかる。したがって今年の1月から5月のデータは、それ以前の研究開発成果であり、日本だけ減少の理由は別なところにある。
日本では特許庁の手続きがまだ紙と押印の必要なものが多く、その手続きが自粛のために先送りになっていて、他方、厳密に比較したわけではないが米中はもっと電子出願をしやすく、その差だけの話かもしれない。
ただ企業業績は悪化しているため、例えば売上額の何%かを研究開発費に充てるように予算配分をしていれば、業績悪化につれて研究開発費も下がるため、それに合わせて研究開発力はリーマンのときと世界中で同じように落ちると思う。したがって研究開発や特許出願への影響は1年ぐらい経過してから見る方がいい」というものでした。
以上をせっかく考えて喋ったのですが、時間の関係でこの部分はカットされました。
次に中長期的な戦略についてですが、NHKは、特許庁のデータによると主要な5カ国(日米中欧韓)の中で日本の特許出願だけがこの数年減少傾向であるため、日本は研究開発力をあげて、もっと特許出願件数を増やすべきではないか、とのシナリオにしたいようです。
これに対して私からのコメントは次のようなものでした。
「日本における特許出願件数の減少の理由は、日本企業の知財戦略の転換が行われた結果である。研究開発力自体は、産業全体の研究開発費のデータ推移で分かるように、この数年を見ても強化されている。
知財戦略の転換とは、世界でオープンイノベーションのサークルが形成されるなど、特許を互いに使いあうようになってきているので、世界で活動しやすくするために外国出願を増やしていることである。過去5年間の日本特許出願は合計で1万件ほど減少しているが、国際特許出願は逆に1万件ほど増加していることがストレートにこの状況を表している。
もう一つの理由は、模倣品を作る国は、科学論文もパクっていると記事になっているが、実は、科学論文よりも特許出願の方がもっとパクられやすい。これは想像できると思うが、日米欧の最新の最先端技術が記載されているのが特許出願であり、1年半で全世界にそれが公開される。それを見ながらコピペをして一部変更、自社の名前で出願しても簡単にはバレない。一件出願すると、ある国では数十万円の奨励金が政府からでるのだが、それがその国の出願急増のカラクリで、それに気がついている日本企業は、何でもかんでも特許出願するのではなく、出願内容をコントロールする戦略に切り替えている。
したがって日本の出願件数の減少により、日本企業の研究開発力が落ちているというのは、表面的な見方であり、実際は企業の知財戦略はより高度化していると考えられる。」
以上の2点のコメントで取材は終わりましたが、その後に雑談で次のような話をしました。
「産業構造審議会で示された特許庁の財務のデータでは、毎年300億円前後という巨大赤字を出しており、7年前に2千億円あった剰余金がいよいよ今年の赤字で消えてしまう。そのため今後の赤字の対策として、例えば、審査の緩和により出願すれば75%が権利になり、権利になれば賠償額が高く取れるような印象のある制度にし、企業から出願件数を増やしてもらうしか手がないかもしれない。しかし企業は自社のサバイバルのため、グローバル競争に勝てるように戦略変換をしてしまった以上、日本の出願件数を増やすことにはもう興味がないと思う。」
この雑談はちょっと辛口ですね。これについては放映しないようにお願いしました。
カメラと照明の前で汗をかきながら、1時間熱弁をふるって、放映されたのは最後の頃の疲れきった顔でしゃべった30秒ほどでした。
採用されたのは、知財戦略の転換で特許を互いに使いあう時代になっているので、日本でもオープンイノベーション強化により総合力を高めるよう意識転換すべきという部分でした。
取材した記者さんは、よく理解してくれて、継続して知財問題をニュースにとりあげたいということでした。
以上
専務理事 久慈 直登