役員談話室
“ある6月の日曜日の午後”−知財とイノベーションとを考える−
2009年09月1日
6月7日の日曜日に東商ホールで東京理科大専門職大学院MIP主催のシンポジュームが開催された。同大学のホームページを引用させてもらうと、このシンポジュームは、“「イノベーションを興す」と題した基調講演、昨年に続いてMIP修了生による研究発表、そして「知的財産にとってのイノベーション」をテーマにしたパネルディスカッションの3部構成で、科学技術を産業に融合するイノベーションを知財の角度から分析し、権利保護のみではなく、技術開発と一体となりイノベーションを進展する知財のポジションを検証していくもの。”とある。 内容も充実していたが、日曜日の午後にも拘らず500名の人が参加していたことに驚いた。学生も半数はいたのではないか。最近の学生は、なんと熱心なんだ。この一言である。大阪からわざわざ出てきたある会社の知的財産部長は、「聴きたい演題があったので、日曜日の午後を無為にすごすよりはと思い大阪から出てきました」とのこと。
このシンポジュームの良さをホームページで再度確認しようと思いチェックしたが、上記引用の文章以外は記載がなく、誠に残念である。したがって、配布資料と自分のメモから再現を試みることにする。
伊丹教授の基調講演「イノベーションを興す」では、“技術開発だけでなく、市場を説得し、人々の生活を変えるところまで結実して、真のイノベーション”であり、“開発から社会の説得までの全体のプロセスの「力学のマネジメント」がイノベーション経営”だと述べられた。 日本型イノベーションとして脱成熟化、すり合わせ、デザインドリブンのイノベーションがあり、いずれも知財内容のclosed化が鍵ではないかとの指摘である。これを任天堂のイノベーションに当てはめて述べられている。成熟した従来型ゲーム市場からの脱皮。既存の技術をたくみに組み合わせ、そのすり合わせをハード・ソフト両面でとことん追及。ユーザーの感性を深く理解した、インターフェイス。十字キーという発想を持ち込んでのイノベーション。
Closed化は、ソフトの独占戦略。これによりソフトの価格維持を実現した。互換性のないハードもclosed化要因。普通は互換性がないことは普及を妨げる要因になるので、避ける傾向にあるが、他にないものを提供する・できる経営の自信がなせる業か。(伊丹教授は、任天堂の立地(京都)と本質(遊び道具)にその謎解きの正解を求められているように思う。)
伊丹教授の知財権保護のパラドクスの指摘も面白い。法的に独占を許容する一方、保護のためには内容の開示を求められる。その調整、closed化をどのように加味するのかの工夫からイノベーションがもたらされる。また、知財権は技術の振興をいう面を持つが、後追いの視点に立つと様相が違って見え、知財権はある意味で事業化の抑制と写る。後半部については、特許回避行動(開発による技術的不均衡の解決)を引き起こすプラス効果があること読者ご承知の通りである。イノベーションと知財についてより深い洞察するいい機会になった。
澤井敬史MIP教授をモデレータとするパネルディスカッション「知財とイノベーション」も興味深い話が随所にあった。先の大阪から見えた特許部長と同様、もともとこの演題に惹かれたため、日曜日の午後にもかかわらず足を運んだのであって、こちらも一言も聞き逃すまいという思いで参加した。
澤井教授が知財とイノベーションに関連した資料を作成されて、パネルディスカッションをリードされた。この資料は会場で発表されただけであるので、ここでは際限できない。
(この資料に基づくレクチャーだけでも聴く価値がある) 澤井教授の指摘は、知財にもイノベーションはあるべきではないか。仕事の狭さを自分で規制してイノベーションを阻んでいないか。知財のイノベーションとは何か等の問題提起をされた。
パネリストの1人であった本田技研工業株式会社の久慈部長によると、部員270名中出願・管理業務に従事している人は170名、残り100名は“知財ベースではあるが派生した仕事”に従事している。税務を勉強している知財要員もいれば、国際的な投資・資金回収に精通した部員もいるようである。「知財の仕事はこれだと誰が決めたのか。会社に貢献するという視点でみると知財が乗り出すべき領域はまだまだあるのではないか。」「他の領域の人を知財に引き込むことは難しいので、“知財が必要とされる方面”へ“知財自身が一歩踏み出す”方が“会社に貢献するものを早く得る”ことができる」という久慈部長の言葉が耳に残っている。
ところで、電気業界、自動車業界の方々と話をすると、出願予算カット、部門費カットで大変であるがとの話を聞くが、活動をシュリンクさせるだけでは能がない。景気が回復したら自然に出願予算も元にもどり、部門費も元にもどり活動が伸びやかになるのは分かっているので、今はじっとしているというのでは能がない。
景気のバブルに惑わされ、知財のネット状態(完成した組織体であったのか、人材は育っていたのか、知財価値増加していたのか等)が見えなかったところで、ネット状態がどうなのかを知るいい機会が与えられているのかもしれない。知財のコア部分を再構築するいい機会なのかもしれない。提案数・出願数・登録数等数でごまかされていたところを、一つ一つの価値を見直しするいい機会なのかもしれない。
また、現在の状況から一歩抜け出すために、会社全体が、生き残りを賭けてイノベーションを推進している。その中では、“技術部門の革新的成果をもの(知的財産権)にする知財”というポジショニングが益々重要になるのは確かである。したがって、ここで投げかけられた「知財とイノベーション」の意味を深耕してみるのも必要かもしれないない。
“知財からイノベーションを起こす”(知財が技術イノベーションの牽引力の一翼を担う)という意味にとるのか、“知財自身のイノベーションが必要”(知財としてより成長するに足りないものを充足させる)ととるのか、ダブルミーニングになっている。会社内における知財を取り巻く環境がどうなっているかにより、どちらが優先課題かが決まり、取るべき道が違ってくる。将来を見て、どちらか一方だけでなく両方を指向する企業もあるかもしれない。
3年後4年後に今の仕掛けが何倍になっているかを検証するため、この時期に、自部門として“イノベーション”をどのように定義し、どのように取り組むかの計画(仕掛け)を明確にすべきなのだろう。バプル時期に作成したものは、仕切り直しして。
中山 喬志(日本知的財産協会 専務理事)