役員談話室
コハダの才能
2008年11月02日
コハダは悩んでいた。
就職活動をしているのだが、自分の欠点ばかり見えて仕方がない。このままでは、就職できるかどうかわからないし、就職したとしても、その後の仕事に自信がもてない。大きな不安を抱えていた。
普通、サカナ類は、焼くか煮れば、塩か醤油という魔法の助けを借りて、美味になる。
秋刀魚、鮭、鮎、岩魚などは、「焼き」が得意であり、塩で化粧をされたりしている。ちょいと加工して、干物にすると、鯵、キス、カマスなどがよい仕事をするようになる。
メバル、カレイ、ブリ、鯛のアラなどは、煮物が得意で、みりんと醤油と仲良くなって、居酒屋あたりに売り込んでいる。
ヒラメ、シマアジ、ヒラマサは、そのままで勝負、ワサビを連れて高級店に出かけている。カツオなどは、「生」でもいいし、「タタキ」という手法でも売り込んでいる。
それに引き換え、コハダは、何も出来ないのである。
焼いたらマズイと言われ、煮たらクサイと言われる。干物にしても、西京漬けにしても、タタキにしても、生姜を入れても、すべて、人間様は拒否する。鍋にも入れてくれない。
まさに、「煮ても焼いても食えないやつ」なのである。
だから、友達もいない。「醤油」や「みりん」も、コハダとは付き合わない。ワサビとも縁がない。ましてや、ネギ、ごぼう、だいこんなどは、口もきいてくれない。
就職活動は困難を極めた。しかしながら、やっとのことで、魚河岸の小さな居酒屋にやとってもらった。
そこの大将はヘンチクリンな人だった。が、コハダの気持ちがよくわかる人物であった。大将は、若いころ、ナマズ顔ゆえか、同じ悩みを持っていたのかも知れない。「コハダは、世の中に役立ちたい」と思っている。なんとかしてやりたい。大将は、いつも、そう思っていた。
大将は、まず、コハダのルーツを調べてみた。一般名は「コノシロ」というらしい。成長魚で「新子」→「コハダ」→「ナカズミ」→「コノシロ」と変わっていく。
コノシロは、「ニシン科コノシロ亜科コノシロ属」である。親戚には「キビナゴ」、「ままかり」、「カタクチいわし」などがいる。なんだ、結構、優秀な家系じゃないか、大将はそう思った。
大将は、「ままかり」で、ピンと来た。「ままかり」は、岡山で「ママ(ごはん)を借りにいくほど美味い」という魚である。ここにヒントがあるんじゃないか?
焼いてから、酢で〆てみた。イマイチである。表面だけバーナで焼いてから〆てみた。あまり良くない。そうか、焼いたり、煮たりしちゃいけないんだ、大将は、そういうことに気がついた。
正統派の酢〆を行ってみた。ビン!!と来た。そこからが、大将の腕の見せ処である。何回も試行錯誤を重ねて、次の工程を完成させた。
(1)ウロコを取る。(2)頭を落とし、腹側を切り、内臓を出す。(3)腹側から包丁を入れて開く。(4)中骨を取り除く。(5)小骨のある部分をそぎ落とす。(6)ザルの上に、塩を振り、皮目を下にして並べる。(7)身の上に塩を振り、30分程度置く。(8)酢水で塩を洗い流す。(9)新しい酢に30分漬け込む。
評判は上々であった。「クセなく、噛みしめると旨味が口に広がる」「濃い味のネタを食べた後に、ピッタリ。口の中をさっぱりさせる」などの評価をもらった。そのうち、「これが一番うまいんだよなぁ」という「ヒカリもの愛好者」が現れた。
地味ではあるが、鮨屋系統を中心に、じわじわ広がっていった。いまや、鮨屋には、無くてはならない存在である。コハダは、そこまで成長した。
どんなヤツでも、いいところを持っているものである。「マネージャ次第で部下が変わる」、あきらめている部下を、もう一度、見直してみたらいかがでしょうか。
鈴木 元昭(日本知的財産協会 副理事長)