新刊書紹介
新刊書紹介
スタートアップの知財戦略 事業成長のための知財の活用と戦略法務
編著 | 山本 飛翔 著 |
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出版元 | 勁草書房 A5判 312p |
発行年月日・価格 | 2020年3月発行 3,600円(税別) |
特に各フェーズ別の留意点が記された第2章には本書の約3割の分量が割かれている。一般論としての知財戦略の話ではなく,シード期における秘密情報管理規定の策定手順や外部に開発委託・受託するときの契約上の留意項目,創業メンバーや従業員が将来退職したときのための管理処理の取り決め,アーリー期のマーケティング戦略や海外展開の留意点,レイター期における模倣品対策や警告状対応など,各段階でキーとなる問題を具体的に解説している。
また,本書を手に取る前はその題名から,スタートアップに対しての指南書であり,大企業側の担当者にとって参考とすべき点は多くないのではと考えていた。しかし,その先入観は読み進めるうちに見事に打ち砕かれた。従来の大企業は,保守的な考え方に捉われる傾向がある法務部門の懸念などを背景として,自社にとっていかに有利な条件で契約を締結できるかにこだわる傾向があること,他方スタートアップも大企業に対して自社との協力によるメリットを説得する姿勢が不十分であることを指摘している。この点,著者は両者の論理を踏まえた上でWin-Winの関係を構築し,アライアンスを進めるための道筋を提言している。例えば,両者間で争点となりやすい共同開発の結果生じる新たな特許権の帰属について,スタートアップに単独保有させることを提案している。大企業側にとっても事業シナジーが大きいスタートアップを育てることで自社事業の収益拡大に貢献し,また煩雑な社内決裁手続きを必要としないスタートアップの迅速性を活かせるメリットがある,とのことである。一方で仮にスタートアップが他の企業に買収されたり会社を清算する等の事情が生じたりした場合は,当該特許権を大企業に譲渡させる,とする規定を提案している。本書はこのほか大学発ベンチャーの特徴・課題なども紹介している。
日本経済が活力を失った原因の一つにスタートアップが育ちにくい環境を挙げる識者がいる。また,大企業側もスタートアップとの協業により,損益分岐点や法的リスクの観点から参入しづらい市場にも参入を図ることができる。本書は両者のギャップを埋めるための考え方や,相互にメリットがある共創関係の構築も提言しており,スタートアップの知財担当者やその経営層のみならず大企業側の人間も傾聴すべき指摘が数多く含まれている。ぜひ多くの人たちに手に取って読んで頂きたい。
(紹介者 会誌広報委員 K.I)