新刊書紹介

新刊書紹介

知財実務のツボとコツがゼッタイにわかる本

編著 酒谷 誠一 著
出版元 秀和システム A5判 316p
発行年月日・価格 2019年11月22日発行 1,800円(税別)
 これまで知財業務に携わってこなかった,新入社員や社内の異動で新しく知財部員になる社員向けの,分かりやすい教科書的な書籍を探しているときに本書を見つけた。知財部の業務内容を教育する際に,一部でも参考にできればと いうつもりで読み始めた。
 最初は,タイトルを見て,非常に初歩的な内容だろうと高を括っていたが,読み進めるうちに,そういえばこう言う事もあったと思い出させてくれる内容であった。当然,各人の業務内容に依っては関係ない部分もあるが。知的財産権の取得のための情報だらけで,事務所の宣伝色が強いかと予想していたが,寧ろコンサルティングとしての立場から知財実務にアドバイスするもので,読者に寄り添い親身に書かれた内容である。

 著者は本書を,技術開発型の企業を起業する人,スタートアップベンチャーや中小企業の経営者・技術者に読んでもらうことを想定して執筆したそうである。
 本書は3部で構成されており,第1部は知財の基礎知識,第2部は事業に沿った知財の注意点,第3部は知財戦略となっている。 著者は,基礎知識がある場合は第2部から読む事を勧めている。第1部の内容は,例えば,登録できるなら特許出願したいといった場合に どうすれば良いかといった戦術的なことや,意 匠権,商標権による保護,更には,著作権や不正競争防止法でどの様に自社製品が保護されるか,他者権利を尊重するためにクリアランス調査が必要といったことにも触れている。第1部だけで本書の約2/3の分量を占めており,ここを読み飛ばしてしまうのは勿体ない。知財の基礎知識の他,業種毎に異なる事情もあるため,IT企業,製造業,化学・医薬・食品と章を分けて業種に特有の知財の基礎知識を解説しており,一般論でポイントがぼやけてしまわないのはありがたい。
 第2部は,事業を行う上での知財上の注意点で,業務提携,共同開発や生産委託する場合に何に注意すべきか,あるいは,特許権侵害,模倣品対策等の,事業遂行上発生しそうな事項を紹介している。各場面に遭遇したときに備えて心の準備もできるし,あるいは警告書を受けないためにどの様にオペレーションすべきかの参考になる。
 第3部は,知財戦略である。前述の通りスタートアップベンチャーや中小企業を想定した内容であるが,大企業であっても,新たな事業を立ち上げる場合や,担当する事業部の知財戦略を考えるときの参考になる。
 一つ一つの項目は,簡潔に書かれており,これまで知財業務に携わっていなくても抵抗なく読めるであろう。

 知財実務の全体をほぼ網羅しており,入門書 として最適な1冊と言えよう。

(紹介者 会誌広報委員 M.I.)

ガイドブック AI・データビジネスの契約実務

編著 齊藤 友紀,内田 誠,尾城 亮輔,松下 外 著
出版元 商事法務 A5判 280p
発行年月日・価格 2020年3月発行 3,000円(税別)
 本書は,経産省が2018年6月に公表した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の策定に携わった4名の弁護士が,データビジネス契約について,実務の過程で得られた知見や問題意識を踏まえて概説している。ご存じの通り,データビジネスを横断的に規制する法令は存在しないため,データビジネスに関する法律問題を検討する際には,関連する様々な法令および契約上の留意点を体系的に理解することが重要となる。これらを網羅的に解説している本書はその点大きな意義を有していると言える。

 以下,本書を概観する。第1章のデータビジネスと契約では今後のビジネスにおけるデータの重要性と,データを巡る契約フレームワーク について解説している。データは無体物である一方で知財権が成立しないことも多く,当事者 間での取り決めの重要性を指摘している。次章以下では各契約のポイントについて説明している。秘密保持契約の章では,データ取引を想定した場合,従来のひな型では秘密情報の特定方法や目的外利用禁止,秘密情報の返却方法の規定等で再検討すべき点を指摘している。ソフトウェア・ライセンス契約およびクラウドサービス利用規約の章では,2020年4月に施行された改正民法で名称変更・新設された契約不適合の概念や定款約款の規定の影響を取り上げている。プライバシーポリシーの章ではデータビジネスで不可避的に直面する個人情報の取扱いの留意点を中心に概説している。
 全体的に制度の解説だけでなく実務上のノウハウも随所に盛り込まれている。例えば,ソフ トウェア・ライセンス契約の章では,著作権侵害訴訟において侵害を立証するための関門となる依拠性や同一・類似であることという要件の立証を容易にすべく,ソフトウェアの一部に性能に影響しないバグや無意味なコードを意図的に入れておく,という提案は興味深かった。

 また,本書で特筆すべきなのは随所に登場するコラムである。一例として秘密保持契約における「サンプル提供時の注意点」を紹介したい。 製品のサンプルを提供して,相手がそれを分析した後に採用が決まるような場合,分析期間を 契約書で定めないと長期間次のステップ(製品の売買契約,共同開発契約など)に進めずに採用の可否を判断してもらえないリスクがあると指摘している。また,分析が終わっても不明確な理由で不採用となる事態を避けるため,予め定めた基準を満たした場合は製品の採用義務を相手に課すという方法の他に,次のステップの契約の締結を義務付ける,そのための努力義務を課すという方法を提案している。契約担当者にとって傾聴に値する指摘であろう。

 本書は全280頁とコンパクトにまとまっている一方で,エッジAIを利用した場合の契約スキームの詳細な解説など,一定の実務経験を前提とした内容となっている。その分読みごたえもありデータビジネスの契約実務についての最新動向を知る上で適切な書籍と考える。

(紹介者 会誌広報委員 K.I)

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