ちょっと一言

「・・を含まない」という発明 −知財高裁で認められる−

1年前の判決ですので、すこし日にちが経ちました。経済産業調査会の「特許ニュース」が回覧でまわってきてタイトルが目に付いたので、判決文を読んでみました。

表題のとおり、「・・を含まない」という要件が、構成要件と認められた事件でした。小生は、本能的に危険を感じました。こうした要件が認められると、技術的範囲に既知の物質を含む特許権が多くなると感じるのです。

発明の内容

請求項1は、右のとおりです。「5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンを含まないこと」が特徴になっています。

5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンは、殺菌剤としては強力な作用を奏しますが、同時に人体にアレルギーをもたらす物質です。出来れば取り除いておきたいものです。

代替物質として、2-メチルイソチアゾリン−3−オンがあります。人体に無害ではありますが、殺菌剤としての作用効果はイマイチです。

本発明は、1,2−ベンゾイソチアゾリン−3−オンを加えると、2-メチルイソチアゾリン−3−オンが殺菌剤として充分に使えるようになるというものです。これによって、5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンがいらなくなります。

特許庁の判断

2-メチルイソチアゾリン−3−オンに、1,2−ベンゾイソチアゾリン−3−オンを加えるというのは先行文献に書かれています。なので、特許無効を主張した被告は、その点を突きました。「その組み合わせは公知である」と。

そして、「5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンが含まれない」という点については、実施例に「5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンを含む」とは書いていないし、別の文献によれば、5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンが1/245未満含まれている物質は、実質的に純粋な2-メチルイソチアゾリン−3−オンであると述べられている。だから、本発明は既知の物質と実質的に同一で新規性を有しない、と主張しました。

最初の審決は、この主張が認められ、「新規性を有しない。特許法第29条第1項第3号に該当する」と判断しました。

知財高裁の判断

これに対し、知財高裁の判決では、「先行文献には、5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンが含有されたことによる問題点および解決手段等の言及は一切なく、したがって「5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンを含まない」との技術的構成によって限定するという技術思想に関する記載又は示唆は何らされていないにも関わらず、審決が本件発明1は先行文献の発明であるとして、特許法第29条1項3号に該当する(新規性を欠く)とした判断は誤りである」と述べられています。

知財高裁での裁判では、原告(特許権者)が、従来の殺菌剤には、「5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オン」が含まれていたと主張しました。2-メチルイソチアゾリン−3−オンを製造する過程で、5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンが不純物としてかなりの量、含有されるという主張です。多くの文献が提出されています。     

特許庁と知財高裁の判断の相違

「・・を含まない」ということが事実であった場合の判断の差かな、と思います。判決でも、「甲24には、2-メチルイソチアゾリン−3−オンの製造方法が記載されており、同方法によれば、5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オンを生成しない方法が存在することも認められる」と記載されています。

特許庁は、当業者に近い存在です。なので、「・・を含まない」というだけでは、特許にはならないと考えたと思います。「2-メチルイソチアゾリン−3−オンと1,2−ベンゾイソチアゾリン−3−オンの組み合せ」に進歩性があり、その発明によって「・・を含まない」とすることができたというのなら、すんなりと特許にすると思いますが、その組み合わせに新規性がありません。感覚的に「特許にしてはいけない」と判断しているのです。

知財高裁のほうは、「示唆」がなければ、新規性があると判断しています。「・・を含まない」ということが事実であっても、その物質の作用効果に気がついていなければ「新規性がある」というものです。「証拠に基づいて、丁寧にやること」という方針に沿ったもので、2008年の判決からこの方針になっています。

最後の審決・疑問点

特許庁が「新規性なし」と判断し、知財高裁が「新規性あり」としたことについて、それはそれでいいと思います。知財高裁が「新規性あり」と判断しているのも、違和感はありますが、従います(当業者に近い特許庁の判断の方が、素人判断の知財高裁よりもいい判断だと思っています)。

しかしながら、判決後の特許庁の行動については、いつものことながら、おかしいなあと思います。

知財高裁は、「審決が誤っている」と言っていますが、「特許にすべき」と言っているのはありません。「進歩性がある」とまでは言っていないのです。

なのに、書き換えられた審決をみると、「進歩性もある」と述べられています。いつものことですが、どんな理由の判決であれ、特許として認める審決を書くのは、おかしいと思います。是非改めていただきたいと強く思います。

なぜ危険なのか

小生は材料屋のハシクレです。材料屋の世界では、「不純物を除去する」という類のことに進歩性はないと考えています。本件も「不純物を除去する」類の特許出願と思われます。 材料の開発過程を見てみると、最初は試薬レベルの原料で材料を作ってみます。それが面白い特性をもっていて売れるようだと判断すると、大量生産のための研究開発を行ないます。この時点では、経済性を考慮しなければならないので、安い原材料を使います。当然、不純物が入ってきます。その悪影響も出てきます。 大量生産の技術が確立し、製品が出回った時点で、今回のような「・・を含まない」特許が出てくると、本来新規性のない特許出願が、先行文献も公知の物質もないからと言って特許権になります。 それはおかしいと思います。 でも、「・・を含まない」ということが高裁で認められたので、「不純物を含まない」類の出願が増えてくることでしょうね。

(M.S.)

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